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2008年1月 3日 (木)

旅行第四日目:オランジュのローマ古代劇場

旅行第4日目:オランジュのローマ古代劇場

初めてリクエストにお答えしてフランスの世界遺産2003-4年版地球の歩き方のNo.11「オランジュのローマ遺跡」をご紹介します。今回はフランスを飛び出してドイツ辺りの旅をしようかなぁと思っていましたが、それはまた今度。オランジュ、アルファベットはOrangeそう英語のオレンジです。ちょっと脱線しますが、フランス語では、Eはエではなく、ウと発音します。Aは英語みたいにアだったりエだったりしないで、必ずアです。なのでOrangeはオレンジではなくオランジュとなります。よく知っているところでは、Potageはポタージュ。です。ついでに、さらに大幅に脱線しますが、私が'89に初めてフランスに出張で行った時、まだフランス語などまったくアラビア語と同じぐらい、訳わかんねぇ言語だった頃、食事に入ったレストランのメニューの中の「Potage」が読めず、「このポタゲって何?」と隣の人に聞いて失笑され、それ以来出張中のあだなが「Mr.Potage(ポタゲ)」。出張が終わって、出張中の資料を社内便で送り返すとき、あて先を僕の本名の変わりに「○○Division Potage-san」とふざけて同僚の人が書いたのですが、しばらくしてからパリ支店の総務課のフランス人の人が僕らのところに来て「社内ルールで食品は送れません」と言ってきたのですが、その意味がわからず、「いや、送るのは書類だけで、食品なんて送りません」と片言の英語で答えたら「だってここにPotage(ポタージュ)って書いてあるじゃん」と言われ大爆笑になったことがあります。

気がつくと本題からずれていましたが、ここで立てなおしますので、呆れず読んでください。さてオランジュ。ざっくり言えば地中海よりちょっと北、かつて「プロバンスの12ヶ月」という本が日本で爆発的に売れて有名になったプロバンスの中の都市です。そう、この頃はどこへ行っても日本人観光客があふれていました。ついでにちょっと脱線しますが、フランスで、故障のことを「アンパン」といいます。(トレビアに出せそう?)書くとEn Panne。プロバンスのどこか(アルルだったか?)で、家内がトイレに行っている間、トイレのそばでまっている間「En Panne」と張ってある自動販売機でジュースを買おうとしている日本人の中年女性がいました。お金を入れても入れても戻ってくるのですが、それでも「おっかしいわねぇ」といいながら10回ぐらいやっているので、たまりかねて「あ、それ故障してますよ」と教えてあげたのが運のつき。「あんた、日本人?」から始まって、関西弁で怒涛のごとく山のようなその観光地に関する質問を浴びせられ、これにはまいりました。日本の観光客・・・・元気です。この手の話題では、パリではおもろい話がいくらでもありますが、また機会があったら。

さて、本題。旅3日目のポン・デュ・ガールのすぐそば、車で1時間ぐらいでつく、ローマの奇跡、オランジュ。この地の古代劇場は、その保存状態の良さでものすごく有名。細かい数字は地球の歩き方から写しますが、長さ103㍍、高さ36㍍の巨大な壁面を有する古代劇場跡は、2000年前の状態がそのまま残っている奇跡的な遺跡。これは世界遺産を乗っても誰も異論がないところ。この壁面の一部が窪んでいて、そこの時の皇帝アウグストゥスの巨大銅像が殆ど傷つかず残っています。これは写真に銅像のアップを載せますので、ご覧ください。屋外の劇場、2000年の雨風にさらされてきた銅像が今でも綺麗な形で残っているのは圧巻です。

Up_3

でも、不思議なんです。どうして今まで、2000年間、無傷なのか。普通、古代の銅像っていうのは、例外なく鼻はかけているものと相場が決まっているのですが、ここは指の一本まで完全体、です。「保存にかける地元住人の情熱の産物」なのでしょうか。でも、それにしては、この古代劇場、現在でも利用されていて今でも音楽祭が行われていますし、僕らが行った時も、おそらくお芝居のセットなんでしょうか、巨大な「お面」を吊り上げるべく上から吊るそうとしていたのですが、その吊り上げる場所がなんと、皇帝の銅像の場所。作業員が皇帝の銅像に手をかけんばかりの位置で作業しています。縄がひっかかったら、銅像の指の一本ぐらい簡単に折れてしまいそうな感じ。

1_2

でも、銅像にカバーをするでもなく、囲いをするでもなく、そのまま作業しているんです。よく2000年間無傷で来たなぁ(指がおれて繋ぎ合わせたりなんて事はきっとあったのでしょうが)と思わざるをえません。遺跡を永久に保存しようという意識があるのか、ないのか、なんだかよくわからない光景でした。なんだか「オイ、オイ」とアウグストゥスが苦笑いしているような感じがしました。残念ながら、客席を写したいい写真がなくてUp出来ないのですが、円形の石の客席が数十段続いていて、規模から言えばパリ・ガルニエのオペラ座より大きいのではないでしょうか? 客席に座ってすこし古代に思いを馳せると、当時のフランス人が「Bravo!」と海鳴りのような歓声をおくっている姿が一寸浮かんできました。尚、この近くにあるカエサルの凱旋門(プロバンスでの勝利を記念して作られた門)も世界遺産です。

Photo_3

フランスの南は、本当にローマの遺跡一色。これ以外にもアルルの古代闘技場跡、アビニオン歴史地区などが世界遺産に指定されています。この古代闘技場跡は、・・・・いつか機会があったらご紹介しますね。

この記事をお読みの方で、フランス世界遺産の記事のご希望があれば、投稿してください。

手元にある写真やなけなしの知識をご披露させていただきます。では、次はどうしようかな、ちょっと考えます。

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