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2008年3月

2008年3月31日 (月)

旅行第二十日:パルテノン神殿

旅行第二十日目:ギリシャ;パルテノン神殿

     *****祝 第20回 ****

この世界遺産ご紹介も、ついに20回目。何度も訪ねてきてくれている皆様、有難うございます(涙)

今日から数回は列車を人類の偉大な原点、ギリシャ皆さんをご案内します。今日はパルテノン、そしてミケーネ文明発祥の地、ミケーネと続きます。

でも、食事はこけまくり。

フランス人の若者向けチープツアーに申し込んでやってきたギリシャ。これがまた安い分だけひどいツアーで、7日間のこのツアーでは、略毎日同じメニュー。                         

                                

・前菜はグリーンサラダ

・メインはスブラキ

・デザートは青葡萄

これが、毎日続く事を想像してみてください。最初は怒っていたフランス人たちも、途中からは失笑。中には、食事の前に立ち上がって「皆さん、僕は今日のLunchが予言できます。まず、前菜は、グリーンサラダ、そして・・・・」と笑いを取る人も出てきました。何日目かに、青葡萄の代わりに桃が配られたときなんて、どよめきと拍手が起こったものです。

✎そして人類の原点へ・・

初めて訪ねたアテネの街。訪ねた年は、92年だったと思いますが、その時のアテネの町の印象は、昭和の初期の日本。平屋が続く町並み、軒を並べる土産物屋、その中に忽然とあわられる台地、そしてその庶民の町を見下ろすように存在する台地を登りきった頃に見えてくるパルテノン神殿。その神々しい空間は声を失う程でした。色々な世界遺産を訪ねましたが、ここを訪ねた時のタイムスリップしたような衝撃は今でも覚えています。

Photo

この台地の上は何か空気が違っていました。

ここの台地の上にあるのはパルテノン神殿の他に、「エレクテオン神殿」↓等があります。

Photo_5

                                                                                        

                                                 

                                             

                                         

                                                                      

                                                                                                             

                                                                                                   

                                                                           

そして、台地から見下ろされるのが、「ディオニソス劇場」です。これは紀元前6世紀に作られた15000人収容の大劇場です。Photo_3

この場所にはもうコメントは不要ですよね。それ程、誰でも知っているギリシャ時代の感動の遺跡です。まぁ、コメントよりも、写真をお楽しみください。

✎人生万事、塞翁が・・・

このツアーのハイライトは、エーゲー海の島々ツアー。3つぐらいの歴史的価値のある島を訪ねる企画でした。待ち合わせの8時に受付集合。20分経過・・・30分経過・・・誰も来ない。これだからフランス人はもう・・。ホテル受付の人に照会すると。「???? そのツアーならば、8時に出発していますが」「そんなはずはない。僕らは8時からずっと待っていた」・・・の押し問答の結果分かった事が「時差」。欧州に来た頃聞いた、「大陸欧州には時差がないんです。」という情報は嘘八百で、実はギリシャは1時間Ahead,よって、僕らがノコノコロビーに下りてきたのは実は9時。それで待っても誰も来ないわけ。ガ~~~~ン。

気を取り直してアテネの博物館を訪ねました(これはツアーのコースには入っていなかった)のですが、僕は結果として、このほうがよかったと思います(あ、いや、負け惜しみではなく)。というのも、ここで見た展示品があまりにも素晴らしかったからです。

いくつかありますが、今回は「アガメムノン」、「ポセイドンの像」をUpします。この黄金のマスクは、ミケーネから出土され(次回に説明します)、シュリーマンはこれをアガメムノンのマスクだと主張しています。Photo_4

Photo

書きたい事は多々ありますが、記事が長くなるので、この辺で・・・・次回は、ミケーネ文明の地。ミケーネです。

2008年3月28日 (金)

旅行第十九日目:グリニッジ海洋都市

旅行第19日目:グリニッジ海洋都市

世界遺産といえば;

今まで取り上げた世界遺産を列挙してみると、こんな感じです。下線付きが教会です。18件の中で10件が教会、2ヶ所が古城です。欧州で世界遺産といえば、教会とかお城が中心ですよね。

1.モンサンミッシェル

2.プロバンの中世都市

3.ポンデュガール

4.オランジュ古代劇場

5.ケルン大聖堂

6.サン・サバン

7.オランダ・キンデルダイク

8.ル・ピュイ・アン・バレー

9.サンテミリオン

10.ガウディ

11.ヴェズレー

12.ポンペイ

13.カルカッソンヌ

14.ストーンヘンジ

15.アーヘン大聖堂

16.ランス大聖堂

17.ロアールの城

18.カンタベリー大聖堂

で、今回は、全然視点の違う世界遺産をご紹介します。それは、イギリスのグリニッジ。グリニッジ天文台といえば、東経と西経の基準となる場所という事で有名な場所。今の世界の町々の位置を、緯度と経度で表現することを考えると、この天文台が世界遺産というのは、ある意味納得です。Wikipediaによれば、「グリニッジ標準時Greenwich Mean Time, GMT)は、伝統的に経度0度と定められているイギリスのロンドンにあるグリニッジ天文台での平均太陽時である。」と。

でも・・

今回は全然だめです。何でか分からないのだけれど、天文台のいい写真がないのです。これだけです。Photo (遠くに見えるのが天文台)

でも、次の写真を見てください。

Photo_2

この一枚を見るとある意味この場所の意味が分かる。この場所はこの建物を境に東経と西経が分かれている。東経と西経の出発点。つまり地球の中心。だから、皆、この場所の前に立ってこういう写真をとります。僕と友達も一列にならんで同じ写真をとりました。これが名物。これだけで世界遺産なのかもしれません。

✎海洋都市

これだけではあんまりなので、一つ写真を追加しておきます。Wikipediaでは、「グリニッジ大ロンドン南東部の町で、グリニッジ・ロンドン特別区テムズ川南岸に位置している。グリニッジ標準時の基準となる都市として、また「マリタイム・グリニッジ」(海事都市グリニッジ、河港都市グリニッジ)の名でユネスコ世界遺産に登録されている由緒ある港町として、よく知られている。」と言う訳で、この歴史的な快走帆船カティーサーク号が飾られている写真です。

これがその写真です。

Photo_3

今回はあまりにも地味です。スンマソン。・・・なので、次回20回記念はちょっと派手にゆきます。乞うご期待。

2008年3月25日 (火)

番外編VI:珠玉のレストランV (A Lallement)

番外編5 A_Lallement

ご提案

さて、今日の番外編は、ちょっとしたご提案です。特に欧州にちょくちょく行かれる方へ。「フランスといえば、やっぱりパリ(洒落)。でも、もう何度もいったしなぁ。」という方。列車に乗って1Hちょいで、ランス(Reims)に行ってみませんか?ランスといえば、シャンパン。先日取り上げた世界遺産のランス大聖堂を訪ね、その足でシャンパンのカーブを訪ねる。Mummとか、Moet&Chandonとか超一流のシャンパンブランドのカーブを気軽に訪ねる事ができます。これは前回ご紹介の通り。さて、そして、是非訪ねてほしいのが今日ご紹介する2☆レストランA lallementです。

A_lallement

>> お城のようなレストラン

ランスからタクシーに乗って30分ぐらい。御覧のような素敵な建物が見えてきます。これA Lallementです。ミシュランで住所を控えてタクシーの運ちゃんに言えば連れて行ってくれます。‘Arnaud Lallement’でアクセスすると、彼のレシピが色々紹介されていますよ。

✎メニューご紹介

どんなお店かを知っていただくために、今日はメニューにこだわって見ます。前回ラ・セールで触れたように、このお店も前菜は一つの食材を2種類の調理法で調理してきました。僕はこの日、ホタテを食材に選びましたが、一つは焼いたホタテ。もう一つはホタテのカクテル。これ、生ホタテです。つまり刺身。フレンチのソースとプリプリのホタテの食感が絶妙でした。

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>>Entree:その1Photo_5

                                                      

                                                                           

                                                                             

>>Entree:その2(これが生ホタテ)

Photo_10

                                   

                                                                                    

                                                                        

で、メイン。

Veau

僕は子牛のフォア(写真)

>奇跡のフォア・グラ

息子はフォア・グラを注文しました。子牛のレバーも中々のものだったのですが、一口貰った息子の注文したフォア・グラが言葉を失うほどの旨さでした。同じMenuはないかもしれませんが、Foie Gras de Canard,Fondant coolant, Biscuit de Reimsを探してみてください。(写真はありません。すいません)

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参考までにデザートの写真もUpしておきますね。綺麗でしょ。

Chocolat

Chocolat_2_3

>>>後日談

後日談ですが、出張できた友達と会食したとき、友達が息子に「僕は、食べ物は何が好き?」と質問しました。想定している回答は、「ソーセージ。とか、ハンバーグ」だったと思いますが、息子の回答は、「そうですね。フォア・グラかな」。質問した人も想定外の回答にフォロー出来ず、しばらく「あ・・・・そう」となっていました。それぐらいこのフォア・グラ、強烈な記憶だったわけです。是非、ランスまで足を伸ばして、そしてこの店でフォア・グラを注文してみてください。

お泊りのアドバイス

そしてお泊りは、Chateau Les Crayeresで・・・。これは街中に突然現れるシャトー。ホテルそのものが広大な庭付きのシャトーです。庭園は、青々とした芝生と芝生を囲む木々。都会にありながら、この木々のお陰か、都会の喧騒から離れて、静かな気分が味わえます。

このシャトーのレストランは嘗ての3☆で僕が帰る時に2☆となったレストランです。ここで食べたチョコレートのデザートが忘れられないと家内は今でも言っています。

✎総括

パリを離れ、ランス大聖堂を訪ね、いくつかのシャンパンのカーブを訪ねてグラスのシャンパンを楽しみ、LunchDinnerA_Lallementで過ごし、Chateauに泊まって優雅な宿泊を楽しみ、パリに戻る。少し旅行なれした方は、パリを離れたこうした旅も楽しいのでは?・・・いかがでしょう。ご検討あれ!

2008年3月21日 (金)

休息:フランス人 Oui ou Non ( No.9)

休息:フランス人Oui ou NonNo.9

言語論II

・・あ、いや言語論なんて話では、全然ないんですけど、軽い話を一つ。フランスにいると、よく知り合いに食事に誘われる事があります。で、この場合、フランスでは1家族だけ誘うというより、「数家族を招いて庭にテーブルだして、Wineを呑みながら歓談。」なんてケースが普通。日本では今どうなんだろう? で、ここからが言語論。フランス人はとっても議論好き。で、「全員参加で議論」をします。どんなテーマでも、みんなが自分の思い思いの意見をぶつけ、別に結論なんて出なくていい。自分の意見をいい、人の意見を聞く。それが食卓のおかずだし、潤滑油なのです。尤も、仕事でもこれやられると大変。みんな自分の言いたいこといって、意見を纏めようとしないんです、まったく。部下同士で議論させておくと、自席に戻ってきて、「で、どうなった?」って聞いたら「あいつら、なんも分かっとらん。話にならん」という事になって、何にも決まっていない。「おいおい」っと結局日本人の課長同士で相談して決めたなんて事は何度もありました。

✎でも、大変。

でも、そういうお作法なので、だから大変。その食卓を囲んだ熱い議論。当然付焼刃の僕らの言語力ではついていけないわけです。だって、例えば、フランス人を家に呼んだ食卓で、「明石屋さんま」の話をしたかと思えば、突然「年金特別便」、で、「そのまんま東に知事がつとまるか?」なんて、話題が転々としたら、多少日本語出来たってついていけないですよねぇ。で、早々に会話への参加を諦めて家内と「これ、美味しいねぇ。材料なんなんだろう?」なんて話をしていると、「Qu’est que vous en pensez?(あなたはどう思う?)」なんて突然意見を求められたりするんです。これが辛い。わからないなりに、今話題がどの辺にあるかを気にしてないといけないから。食事していると、食べている音が邪魔で、聞き取れなかったりするので、尚更辛いわけです。

✎対策

フランス人と話す場合、「その意見が正しいか、という事ではなく、自分がどう思うかを毅然と語る事」が大切。それで十分議論になります。ある時、フランス人の部下と深夜残業をすることになり、皆で残業弁当を食べていました。僕がちっと席を外し、戻ってきたら皆が熱く議論をしています。でも、彼らが熱くなると、入っていけない。日本人がそこに居る事など完全に忘れている・・・訳です。唯一聞き取れる単語が「ゴルフ」。ゴルフについて熱く語っているのです。なんで、ゴルフで興奮するんねん?・・・と思っていると、突然ポツンと弁当を食べている僕を発見したんでしょう?で、彼らの哲学は「全員参加で議論」。日本人であろうと、ポツッと弁当食べているのは許せないわけです。で、「Qu’est que vous en pensez?」という質問が来ました。大切な事は「自分がどう思うかを毅然と語る事」なので、毅然と「Oui j’aime golf(ゴルフ好きですよ)」と答えたわけです。突然、凍りつく空気。フォローしきれないという反応。「あれ、外した?」・・色々聞いてみたらgolfではなくgolfe(湾)。つまり、彼らは、湾岸戦争に踏み切ったブッシュ()政権の判断の是非を熱く語っていたわけです。そこに「ゴルフ好きです」は確かにフォローできないですね。(恥)

結果、「毅然と外した」訳で、誤解がわかって大爆笑で幕。でした。

✎余談

ところで、この残業弁当。近くの日本食レストランで特別に用意してもらったもので、 刺身と天ぷら、空揚げが入っていて、その為、ソースと醤油、ワサビと辛子が弁当に入っていたわけですが、彼らは、どれをとれにつけて食べて良いか分からず、僕が戻ってきたら皆でパニクッていた訳です。・・・可愛い奴ら。

日本食で思い出したのですが、昨日ロンドンから一時帰国した友達と食事したのですが、パリのオペラ近辺は、僕が居た頃よりも更に日本食屋が増殖して、なんやらとんでもない事になっているようですよ。寿司ポリス頑張れ!

✎結論?

話がそれましたが、フランス人と会話をする場合、私見ですが、ポイントは、

>全員参加で話をする

>相手に迎合する事無く、自分の意見を展開する。

>無理に話を纏めない

・・・です。

OuiでもNonでもなく、C'est France!なのです。

では

2008年3月20日 (木)

旅行第十八日目:カンタベリー大聖堂

旅行第18日 カンタベリ大聖堂

小休止

ここのところ、写真もネタもある程度充実した回が続いたので、今回はちょっと調整モード。いや、世界遺産としては、超一流なのですが、この場所は恐ろしいほどいい写真がないのです。なので、今回は「地味遺産扱い」です。スイマセン

✎カンタベリ大聖堂とは?

まずは、カンタベリ大聖堂とは?・・・またWikipediaに頼ってみます。というのも、「過去を引きずらないように、身も心も欧州から離れよう」

という志の元、ガイドブック系の本は処分して帰国し、手元には地球の歩き方フランスが1冊あるだけだからです。何のことはない結局、こんなブログはじめるのだったら、全部とって置けばよかったのですが。

(ある意味、思いっきり引きずってるし・・)

Photo_8

塔は切れているけど外観です。

Photo_7 塔はこんな感じ。

カンタベリー大聖堂はイングランド南東部ケント州のカンタベリーにある教会で、イギリス国教会の総本山。7世紀にカンタベリーのアウグスティヌスがイギリスに布教し、修道院としては建設された。12世紀に王と対立した大司教トマス・ベケットが殉教したことから聖地として多数の巡礼者が訪れる場所でもある。現在の建物は1070年-1180年にロマネスク様式、1379年-1503年にかけてゴシック様式で建設された歴史的建造物である。

イギリスって不思議な国で、過去の王と教会の対立がもとで、カトリックから離れ、イギリス国教会を設立していて、ドーバの向かいの国とは、同じキリスト教といっても随分と勝手が違いますよね。そんな中でもこのカンタベリ大聖堂は特別な重みを持つ聖堂なのです。

✎なんで写真がないの?

この大聖堂を訪ねたのは、実は僕の実父と姪がイギリスに遊びにきた際に、小旅行でドーバーに行く途中でした。そんな事があって、親のカメラで写真を撮ってあげたり、教会の中を案内したりで、自分のカメラを構えて好きな構図を探してゆっくりお好みショットをとる時間がなかったからなんでしょうね。本来の僕ならば、概観と教会の中、特に薔薇窓は必ず記録に残すのですが・・・

まあ、僅かに残っている写真ですが、ご覧ください。何と全体像が写った写真もないのですが・・・

Photo_9

<=この仏像は何?

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

✎おまけ

これではあんまり申し訳ないので、レストラン情報を一つ。パリに行ってフレンチに飽きた時のため、でもそこらの日本食屋では物足りない方の為の本格寿司レストランです。まぁお試しあれ。

1.きふね

44, Rue St Ferdinand
75017 Paris, France
+33 1 45 72 11 19

凱旋門とPalais de Congresの間、かなりPalais de Congresよりにある寿司屋。ご存知のようにパリは欧州の魚の集散地。寿司のネタは格別に新鮮です。お値段もかなりいいですが、それに見合う味が期待出来ます。ここで食べたトロは、ベストロ(ベスト_トロ)でした。

2.勇鮨

住所:4,quaidOrleans

電話01-40-46-06-97

場所は な、何とノートルダム寺院傍、な、何とあのトゥール・ダルジャンの川向いです。ここのオヤジさんは、絵に書いたような板前さん。四角い顔して、髭生やして、ニコリともしない人です。このオヤジさんを笑わすのが楽しみでした。きふねより幾分割安ですが、ネタは新鮮で、ここも特別です。僕が行った時には、元アナウンサーで、当時の日仏文化会館責任者の磯村さんが、美味しそうに寿司を食べていました。

2008年3月16日 (日)

旅行第十七日目:ロアール城廻

旅行第十七日:ロアール城廻

✎結果的な旅行プラン

今回は、いつかフランスに行きたいなぁという方に、お勧めのロアール城廻プランをご披露します。このプランは勘違いから生まれたのです。それは会社の同僚たちが、パリに出張で来たときの事。どこに行きたい?と聞いたら案の定「ロアールの城廻かな?」との回答(これは想定範囲内)。フランスに長く住んでいると、知人のパリの外の観光希望地は、大体ベルサイユ宮殿かロアールの城廻がリクエストの上位を占めますし、幸い、その為のツアーもいくつかいあります。で、CITIRAMAというツアーで行けば1日観光でLunchもついて3箇所ぐらい著名なお城を回れるので、これはお勧めなので、これをおすすめしました。

翌朝、僕の指定した8時に集合。いざ出発・・・と思ったら、バスは7:45に発車済み。

ヤバイ!

僕「あれ、何か出発時間変わったのかな?変だな()

出張者たち「・・・・・・」

僕「あ、ほら、これみるとさ、ベルサイユ観光なら8:30出発で、まだ間に合うよ」

出張者たち「ベルサイユは、もう行った事あります」

僕「あ、市内観光も楽しいよ。オペラ座とか、アンバリッドとか。ほら、一杯回るんだねぇ、これ」

出張者たち「・・・・・」

僕「わかったよ。何とかするよ」

一同:笑顔

(このときいた人が読んでいたら、ごめんなさい。でもこんな感じだったかも)

✎で、新幹線で

そんなわけで、そこからタクシーに分乗して新幹線の駅に到着、人数分の往復切符を購入して、新幹線で1時間超でトゥール駅に到着。そこで出張者たちは異様な積極性を見せてくれて、僕の通訳なしで地元のインフォメーションセンターでツアーを探しています。

まぁ、自分のツアーだから、自由に議論して進めてもらえばいいか。と、お任せ。(気楽)

戻ってきた出張者たち:「いい半日ツアーありました。でも、戻りが6時すぎなんですよね」

僕「それは残念だな。

帰りの切符5時半だから、間に合わないね。このあたりを少しみて帰ろうか?」

出張者たち「・・・・・・」そして、「切符って変更効きますよね?」と、ポツリ。そして全員の痛い程の訴えかける視線が・・・・・・・・・・イタイ。

僕:分かったよ。分かったよ。じゃ切符の時間変えてくるよ。

一同:笑顔

そんなわけで、結論として分かったツアーは

    CITIRAMA等の現地ツアー(スタート早いので注意)

    新幹線でトゥール迄行ってそこからインフォメーションセンターで現地ツアーを探す

参考になりますでしょうか?

✎あとは写真オンパレード

ここから後は、皆さんよくご存知のシャトーですが、ご興味があれば、研究してみてくださいな。

  シャンボール城(Chambord

恐らくはもっとも有名なシャトー。パリから最も近い著名なシャトーです。16世紀に着工されフランソワIが生涯かけて建築したシャトー。城の真ん中にある階段は登りと下りの人が顔を合わせないでいられるようにとあのレオナルド・ダ・ビンチの作品。真冬にいった時、広場に赤々と暖炉が焚かれ、大きな薪から真っ赤な炎が上がっていたのを懐かしく覚えています。先を急ぎます。

Chamboard

                                     

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                 

  シュノンソー城(Chenonceau

夢のような優美さを誇るお城ですが、この歴史は「女の戦い」。アンリIIの寵姫でデイアーヌ・ド・ポアチェが2番目の城主。が、アンリII死後、正妻カトリーヌ・ド・メディシスがディアーヌを追い出し、3番目の城主になる・・・この美しい優美な城に似合わぬ女の戦いが繰り広げられた場所だそうです。お城は城というより、橋。シェール川にまたがる3階立ての橋が城というわけです。

Chenonceux

                                       

                                                                

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  アゼー・ル・リドー城(Azay-le-Rideau

あまり有名でないかもしれませんが、その優美さから僕のお勧めの城です。小さなお城がポツっと池の上に浮かんでいる。なんともフランスっぽくて素敵です。

Photo

                                                           

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  ユッセ城(Usse

極めつけがこれ。これはまさにお伽の国のようなお城。眠れる森の美女のイメージとなったお城といわれており、いかにも女性的なお城です。人物の写っていない写真であまり良い角度の写真がなくて残念です。ブログにUpする事が分かっていれば、それを意識した写真を撮ってくればよかったのですが。

Photo_2

このお城には眠れぬ森の美女の人形がお城の中の博物館に飾れています。こんな感じです。

  

                                             

Photo_3

Photo_4

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2008年3月12日 (水)

番外編V:珠玉のレストランIV (Pré Catelan)

ちょっと郊外へ

イギリスに行くと、ハイドパークとか、グリーンパークとか、町のど真ん中に大きな公園がありますが、フランスには街中にあれ程の大公園はありません(ちっちゃいのはありますが)。その代わり、街の両側に有名な大きな公園があります。東がヴァンセンヌの森、西が有名なブーローニュの森です。かの有名な中山美穂さんは、この近くに住み、佳苗という日本食材屋によく買い物に来るそうです。僕はないですが、僕の知り合いの奥様は2回も遭遇したそうです。少しふっくらしていたとか・・・

その森の中に。

このブーローニュの森の端はパリ。僕の家から歩ける距離にあったので、時々ジョギングで来たりしました。ブーローニュの広大な森には、Lac InférieurLac Supérieur

という2つの湖があり、そのInférieurの中に中ノ島があり、その中にお伽の国の家のような可愛い建物のレストランがあります。この中の島に渡るのは、小さな渡し舟だけしか手段がなく、筏のような舟に乗ってたった10mぐらいの幅の湖を渡ります。中ノ島には芝生が敷き詰められており、花畑があちらこちらにあります。そして孔雀が何羽か、なつっこい顔をして歩いています。春になると、もうこの芝生に水着をきたフランス人が老いも若きも(老いのほうが多いかも)、日向ぼっこで転がっています。

白亜の御殿が

その湖から車で森の中を走る事数分。白亜の建物見えてきます。

Pre_catelan_3

これが今回のお勧めレストラン(2☆(当時)のレストラン)、プレ・カトランPré Catelanです。このレストランを楽しむのは、理想的には春先から夏の訪問でしょう。車(別にタクシーでも可)を停め、予約時間迄の30分ぐらいをレストランの周りを散策。濃い緑の森と、細い小川の間なんかをゆっくりと歩き回ります。

これがホテルの概観。

Pre_catelan_7

そして、定刻にはレストランに着きます。まずは食前酒にキール・ロワイヤルでも飲みながら、食事を選びます。夏至だと10時ぐらいまで明るいので、食事をしながら、日が沈み、景色が夕焼けで赤く、そして次第に黒くなってゆく光景をゆっくりと楽しみながら、珠玉の料理を楽しみます。

☆付きにも流行?

この日のサプライズは前菜。僕らは素材を選びます。そうすると同一の食材を使って3通りの調理方法で調理をして、それらが運ばれてきます。まるで、シェフの才能を誇示するかのように・・・・。知人はホタテ、僕はトリフを選んでみました。この後行った別な2☆でも同じような3種類の調理法での料理がサーブされましたから、これがこの頃の流行だったのかも。僕は自分の食材しか撮影しませんでしたが、ここから僕の食材を写真でご紹介してゆきますね。(流石に2☆でフラッシュをパチパチ取るわけにいかず、Non-Flashでとったので写真は今一ですが)

最初の2つがトリフの写真Pre_catelan_entree_6

Pre_catelan_entree2

                                                                  

                                                                                                      

次はメインの子羊です。;子羊は臭いが強いので、どういう調理法で臭いを消すかがシェフの腕なのでしょうか?この料理は臭いが全く気になりませんでした。そしてとても肉が柔らかく秀逸の味でした。Pre_catelan_9

                                                                      

                                                            

                                                                                           

デザートがこちら。デザインはまあ普通ですが、味は控えめで上品なものでした。

Photo_4

オペラから15分ぐらいでしょうか? タクシーでレストラン名を言えば、先ず間違えなく連れて行ってもらえるし、帰りもタクシーを呼んでもらえばホテルまで帰れます。ブーローニュの森を散歩しながらのランチもいいかもしれませんね。どうぞ、旅行の候補にしてください。

http://www.andyhayler.com/show_restaurant.asp?id=355&country=France

2008年3月10日 (月)

休息:フランス人 Oui ou Non (No.8)

休息:フランス人 Oui ou Non No.8

言語論

「ゲンゴロウ」ではありません。言語論です(オヤジギャグ)。少し硬そうに見える柔らかい話です。フランス旅行に来ると避けて通れないフランス人の外国語に対する態度。

「中々英語話してくれない」「英語で話しかけたのに無視された」と枚挙に暇がありませんねえ。この点、個人的見解ですが、すこしフランス人を擁護する発言になりますが、フランス人は単純に「自他共に言語に対して厳しいんだ」と考えると辻褄があう事が多いと思います。

                               

以下、僕が気がついた事例を挙げます。

・僕らがフランスに来たばかりのころ、数ヶ月たってから遭遇したフランス人は、結構厳しい口調で「フランスに来て数ヶ月経っているのだから、そろそろフランス語覚えたら?」

っと僕らにいってきました。棲んでいる国の言葉なんだからちゃんと覚えなさい!と。

これは、相手に語学への厳しい姿勢を求めたケース。

・一方、彼らが英語を喋ってくれないという点。これは「多分喋りたくない」からで、それは「下手だから、喋りたくない」のです。つまり、「言葉は華麗に流暢に喋るもの」という因襲が何時からか、フランス宮廷生活からか、知らず国民に身についてしまい、「華麗にしゃべれない言葉なんて言葉じゃない。だから下手な英語なんか話たくない」っていうのが本音ではないでしょうか?これは自分にも語学の質に厳しさを求めるケース。

(個人的一考察)こう考えると辻褄があうんです。

でも、ケース・バイ・ケース

でも、ビジネスは美学ではすまないので、事情が少し変わります。僕が着任直後でフランス語が出来ない頃、電話をかけてきたソフトウェアの営業の方が、こちらがフランス語が出来ないとわかると次の会話が生まれました。

営業>Ahhh, Do you speak French

> Not yet

営業>Then.ahhh shall I speak English?

> Oh yes  Please (内心;助かったぜ)

営業>No problem. Ahhhhhh, this ahhh package is ahhhhhhh, good one and it works

Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh(おい、おい、わっかんねーよ)hhhhh in the night

Ahhhh(あ、夜間処理のことね、それで?)ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh(だから?)ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh(だから、何?)ahhhhhhhhhhhhhhhhhOH

ここで、営業さん,ブチるッ音がするぐらい切れる感じがして。そこから後は、全部フランス語 Ce que je voudrais informer c’est le fonctionalité du systeme, qui est vraiment efficase pour les operations de nuis parce que…………と延々とフランス語オンパレード。

何言っているかわからず、丁重にお断りした事はいうまでもありません。こういう英語を話す感覚が美学として耐えられず、彼らは英語を話したがらない国民へと進化(退化?)を遂げてきたのでしょう。

そして時々楽しい。

時々ちっと楽しい事もあります。アメリカやイギリスで踏ん反り返るように当然の英語会話を求めてくるアメリカ人、イギリス人も、フランスに来れば「只の外人」。買い物するのでも、英語が通じないとわかると、借りてきた猫に早代わり。ある時、確かオペラ座のパン屋で順番を待っていたときのこと、並んでいたアメリカ人(何故かアメリカの観光客はどこでも半ズボンを履き、街の景観をこわす、そう、やつらです)が、売り子さんにDo you speak Englishと聞いて、Noと断られると、突然壊れたオーディオみたいにそこでプツッと会話が途切れ、沈黙することしばし。仲間内でなにやら英語で色々議論した結果ahhh deux pan S’il vous plaît!(なんだよ、あれだけ相談して、それだけかよ?) で、パンを2切れ買って、明らかにスゴスゴと帰っていきました。それ見ていてちょっと溜飲を下げたりして。。。

ともかく、彼らが英語喋らないとき、そうか話したがらないのは、彼らの美学なんだなぁ

と分かってあげてくださいな。その意味でちょっとOuiでした。今日は。

2008年3月 8日 (土)

旅行第十六日目:ランス大聖堂

旅行第十六日目:ランス大聖堂

シャンパンにて。

「ご存知の方はご存知ですが、ご存じない方はご存知ない。」(あたりまえや!)ネタからはじめます。スパークリングワインと、シャンパンってどこが違うでしょう?。実は同じなんです。ただ、シャンパン地区以外で作られるシャンパンはシャンパンと呼べないのです。(なるほど!)この「シャンパン」という単語、重たい意味があります。例えば、あの有名なエルメスがシャンパンボトル型の香水を作ったとき、「シャンパンという名前はシャンパン地区のスパーリングワイン以外あってはならない!」とエルメスを提訴。エルメスが敗訴するという事件のおこっとりますぞ。今日はその聖なる地区「シャンパン地区」に列車を進めます。

✎で、その中心がランス

高速鉄道が出来る事が決まり、パリから1時間以内で通勤できる目処がたち、パリのベッドタウンの期待高まる「ランス」です。

このランスの大聖堂は、ジャンヌダルクが民衆の心を鼓舞し、シャルルVIIに戴冠式を行わせた歴史的にも意味のある大聖堂です。

Photo

そして、この大聖堂、ご覧のように巨大な聖堂なのですが、有名なのは思いっきり小さいもの。そう、それは側面に刻まれた「微笑む天使」の彫刻です。

これです。                                                                      

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天使の彫刻は他にもあるのですが、こらだけが微笑んでいます。また、これ以外でも、外壁には緻密な彫刻が細やかに刻まれています。

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中にはいってみてみると、綺麗なステンドグラスが見つかります。このステンドグラス(少しぶれてますが)ををお楽しみください。

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内部の様子

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薔薇窓2種類

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・・・・

ここまで来たら。

世界遺産から話題が離れますが、

ランスにきたらちょっと、シャンパンのCaveWine Celler

Cave訪ねてみましょう。人物が写っていない外観の写真がないので申し訳ないですが、MuMMCaveそのものを見てみましょう。僕は色々なCaveに行きましたが、中には、Wine樽型の列車に乗ってシャンパンの製造工程を説明を聞きながら(当然フランス語(>_<))、Caveの中を練歩くようなCaveもあるんですよ。皆、色々工夫しているんです。

Bottles ・・・おまけ

2008年3月 3日 (月)

旅行第十五日目:アーヘン大聖堂(+クリスマスマーケット)

旅行第十五日目アーヘン大聖堂

春が来る前に

弥生3月、春が来る前に、クリスマス関係の記事は書いておいたほうがいいと思い、アーヘン大聖堂とクリスマスマーケット情報をお届けします。今回は、書きたい記事も写真も潤沢なので、ちょっと長くなるかもしれません。

✎発端は「トリビアの泉」

・要因は2つありました。一つは、「家内が帰国前に一度ドイツのクリスマスマーケットに行ってみたいといっていた事」もう一つが「トリビアの泉」です。ある回のトリビアの泉でブラッセルの「小便小僧」が取り上げられたのですが、息子が興味をもったので、それでは、「クリスマスはブラッセル-アーヘンツアー」にしようと決めたわけです。

・先ずはブラッセル、氷点下ではないかと思う厳寒の中、たどり着いたグランプラス脇の小便小僧の像、あまり寒いので、「さぁ、もう行こう」と促す親に、何を感銘を受けたのか「僕、もっと見ていたい」と小僧の銅像をじーと見つめる息子。何がそんなに感動的なんじゃい??

✎で、クリスマスマーケット

・アーヘン大聖堂の前の広場がこの時期、クリスマスマーケットに変貌します。100軒を超えるであろう夜店で、思い思いにクリスマスの飾りつけや、名物のハム・ソーセージ、そして何よりホットワインをいたるところで売っています。こんな感じです。

Photo

Photo_3

クリスマスの飾りつけはなんとも可愛らしく、クスマスのこの一瞬に賭ける欧州人の意気込みを垣間見たような気がします。

そして、ホットワイン、200円ぐらいだったか、余計に払うとその年のホットワイン用に作られたその場所でしか手に入らないワイングラス(というよりカップ)に入ったホットワインを買う事ができます。こんな感じです。

Cups

我が家には夫婦のホットワインと、息子のホットショコラで3つの、この長靴型のワインカップが今飾られています。痛いほどの寒さの中で味わうこのホットワイン、これはもう生活の一部というか、潤滑油というか、旨い不味いとかではなく、もう必需品ですね。

✎アーヘン大聖堂

以下は、またまた出典:ウィキペディア)からです。:

アーヘン大聖堂はしばしば「皇帝の大聖堂」(ドイツ語Kaiserdom)として言及され、この大聖堂は北部ヨーロッパでは最古のものである。 786カール大帝がアーヘンの宮殿教会の建設を始めた。 814にカール大帝が死ぬと彼は自身の大聖堂に埋葬され、彼の骨はいまも特別の神殿に保存されている。 大聖堂は、一千年以上の時を経て、現在の装いを調えた。 アーヘン大聖堂の中心は宮殿教会である。それは後世の増築部分と比較すると驚くほど小さいが、建設当時は、それはアルプス以北では最大のドーム建築であった。 古典主義様式ビザンティン様式そしてゲルマン様式-フランク王国様式の要素を備えた心を奪う建築は、極めて重要な記念碑的建造物の真髄である。 アーヘン大聖堂は、936から1531にかけての約600年間に神聖ローマ帝国30人の皇帝たちの戴冠式が執り行われた場所でもある。

・・・う~ん、読めば読むほど奥の深い聖堂です。これは世界遺産となっても納得。むしろ大聖堂よりもクリスマスマーケットに惹かれたやって来てしまった自分らをちょっと恥じたりしました。

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そう、そういえば世界遺産の場所には、「ユネスコの世界遺産認定証明遺産」が設置されていて、それを見つけるとたどりついた達成感を感じたりします。こんな感じです。                                              

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さらに、記事は続きます。

「・・巡礼者の莫大な流入に対処するために、ゴシック建築の時代に聖歌隊のためのホールが造営された。 それは2つの部分からなるガラスの礼拝堂でカール大帝没後600年を記念して奉献された。 爾来、アーヘンの「ガラスの家」の壮麗な建築への賞賛は決して止むことはなかった。1978この大聖堂はユネスコ世界遺産リストの登録のための最初の12の遺跡の一つになった。最初のドイツのそして最初のヨーロッパの歴史上全般3つの遺跡の一つとしてである。

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それが多分ここです。教会の中はどこも一緒・・・と前に書きましたが、そんな中でも、「各教会の特殊性を探し出す」のが、また楽しいわけですが、この聖堂では、その真ん中に下がっている金のモニュメント(映りは悪いですが、アップにするとこんな感じ)、がこの聖堂の特徴といえるでしょう。

Up

この傍らには、様々な黄金の装飾品が飾られた博物館がありました。

静寂で、重厚な大聖堂、そして人が溢れ熱気に満ちているクリスマスマーケット。全く対極をなす2つの世界が隣合い、融合して一つの文化をなしている・・・それがドイツの文化の深さなのでしょうか(なんチッテ)

番外編IV:珠玉のレストランIII (Lasserre)

番外編IV:珠玉のレストランIII ラセール

お待たせしました。今日はパリの2☆ラセールをご紹介します。いつも訪ねてくれている方にも、ここは訪ねられた方が居られると思いますので、ご意見をお願いしますね。

これからフランス行かれる方にも、ともかくお勧めです。

場所

先ずは、www.restaurant-lasserre.comをご覧の上で、お話を聞いてください。(住所とかはInternetをご参照ください。)場所は分かりやすく言うと、コンコルド広場(オベリスクが建っているシャンゼリゼ通りの終点)から凱旋門に向かって少し歩くと、左手にグランパレ(展示会に使われるガラス張りの建物です)が見えてきますので、そこからセーヌ川に向かって左に折れて歩いて数分。高級住宅街の中に、しゃしゃりでるでもなく、静かに、かつ瀟洒な佇まいを見せているのがこのレストランです。

ホスピタリティ

先般のArpegeでも書きましたが、☆付きの良さは料理の味だけではありません。お店の雰囲気、店員さんのサービスの肌理細やかさ、ソムリエさんのサービス全てが含まれてのミシュランの☆評価なんでしょうね。このお店、僕の印象では、2☆でも肩肘張った感じではなく、豪華な内装にも拘らず、店員さんもくだけた感じでとてもよかったですよ。

緊張している日本人を、リラックスさせようとしてくれていたような気がします。

僕らは6人で行きましたが、今振り返ってみると、6人で盛り上がってゲラゲラと大笑いしてしまったので、知らないうちに「店の雰囲気を壊した日本人」と思われてしまったかもしれませんね。振り返ってドキツです。

✎マジンガーZ

僕らが訪ねたのは初夏だったと思います。温かな日差しを浴びつつ、目が眩むほどの美味しい料理に感動しながら、会話を楽しんでいると、上のURLでごらん戴いたレストランの天井が突然、開きめたのです。それは40台の方ならば多分ご存知なマジンガZの出動シーン(だったかな?)のように。パリは初夏でも気温は30℃を越える事は少なく、湿度も低いので、天井が開いてすーと初夏の外気が入ってきても、むしろ心地いいぐらいの気候です。なので、この小洒落た企画に心の中で拍手を送っていました。

Multi-Language

僕が食事にいった時は、フランス語の天才が同席してくれ、細々としたフランス語会話をしてくれたので、あまり言語の事は意識しなかったのですが、僕の親友が今年訪問したときは、英語の会話で全然問題なかったといってましたので、言葉の問題はないと思いますよ。どうか、☆付きと構えず、気楽に尋ねていただいたらいいと思います。きっと味だけでない何か、なんか旅の宝をきっと手に入れて頂けると思います。

PS:今回も写真がなくてすいません。次回レストラン「プレカトラン」では写真を一杯Upできると思います。

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