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2008年4月

2008年4月30日 (水)

パリに来たなら;口コミ情報No.1

パリに来たなら;口コミ情報No.1  素材ピカイチ;Comme des Poissons

フランス人Oui ou Nonをとりあえず終わらせたのですが、最近パリに来る人のアクセスが増えた事もあり、パリのお得情報を何個かお伝えします。いや、そんな大したものではないですし、そんなに回数は続きませんが、8年間のパリ生活でちょっと気になる情報を何回か連載してみます。世界遺産とは全く関係ないのですが、まぁ、それはそれ、既に大幅に脱線しているので、「番外編」の一部ということで大目に見てくださいませませ。

まず感動の(?)第一回は、パリ16区の寿司屋、Comme des Poissons (24,rue de la Tour, 75016 Paris, TEL:01 45 20 70 37です。「知る人ぞ知る事実」ですが、パリは鮮魚の集散地だそうで、ドイツとかオランダから業者さんがパリに魚を買いに来るぐらい魚が新鮮ですので、寿司屋情報は外せませんね。僕なんぞ、帰国してから質素な毎日を送っているので、家のそばの寿司やの寿司の出前では満足できず、今でも不完全燃焼状態で、やや諦め気味です。

このComme des Poissons、カウンター席が11席しかない本当に小さいお店で、日本人の板前さんが2名で切り盛りしています。場所はPassy。日本のファッション誌では時々取り上げられる日本人が多数生活しているPassy地区にある小洒落たブティックが並ぶRue de Passyと略直角に交わるRue de la TourPassy駅を背中に2~3分歩くと青い外装の小さなお店が右手に見えてきます。カウンターはいつも一杯。カウンターで食事をしていても、持ち帰り寿司のTake outのお客さんがしょっちゅう来店していますので、もはや地元の名店と言ってもいいでしょう。

パリに住む著名な日本人ともちょくちょく遭遇しました。この板さん、特に愛嬌が凄く良い訳ではないけれど、ちょくちょく通っているとだんだん馴染みになってきて、板さんの軽口を聞きながらつまむ寿司は天下一品。板さんの腕と鮮度の問題のようで、どこから仕入れるかが重要なポイントだそうです。

因みにこの寿司屋に時々通うようになったころ、ブティックの話をしていたとき、あの有名なComme de Garçon が偶々話題になったとき、僕が「そうあのComme des

Poissonsがね・・」っと思わず言ってしまい、そこに居合わせて、その寿司屋の存在を知っている日本人に爆笑された思い出があります。

パリに来て、濃厚なフレンチに飽きたら、素材勝負のこの店に来て見たらどうでしょう?

只、人気のある店ですので、数日間の滞在予定で「フレンチに飽きる」自信があったら、予め予約をしておく必要があります。:℡ 33(国コード)1 45 20 70 37です。

2008年4月28日 (月)

旅行第二十四日目:アルク・エ・スナン王立製塩所

旅行第24日目:アルク・エ・スナン王立製塩所

ただいま

皆様、ご無沙汰しています。昨日出張先の上海から戻ってきました。今回は北京-上海10日間の出張です。到着した北京の空港は巨大。僕が住んでる街一個ぐらいの大きさの空港です。こんなでっかいの造ってこの後どうするんだろう。まぁ、土地の余っている中国だから大丈夫なんでしょうね。ところで、機内アナウンスで「・・・現地の天候は晴れ」といっていたのですが、どう見ても曇り。ではなくてどうもスモッグらしいのです。

で、国家統制が徹底しているこの国、現在でも北京市内を通行できる車のナンバーの偶数・奇数を交互に規制する等の工夫に加え、オリンピック期間中は、煙の出る半径200㎞以内の工場などは全て営業停止とするそうです。これが出来るのが中国。

✎で、謎

話題変わって、この製塩所。結論から言うと大した事ないんです。でも、世界遺産。第23回のミディ運河が人類の大地との格闘に与えられた世界遺産なら、この第24回の世界遺産は、「人類の夢」への努力に与えられた世界遺産といえるのでははいでしょうか?

先ずは、この完成予定図を見てください。

Photoルイ16世の命令では、製塩所の他にも、研究所や住宅も加わった理想的都市が構築される計画だったのですが、財政上の問題でやむなく断念されたとの事。(地球の歩き方より)なので、今残っているのは、製塩所跡だけ。

これです。

これが入り口

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::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

で、これだけ。

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中にはこんな展示品がありましたが。(塩のつくり方の展示です)

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今残っているものだけ見たら大した事ないので、なんでこれが世界遺産なのか、謎・・・です。

あえて言うならば、この未実現な夢に進もうとした「人類の夢」に与えられた称号なのだと思った訳です。

                                 

✎ついてない。

この旅は兎に角、悲惨でした。パリから車で4時間。降り出した雨。到着したのは午後1215分。

「やっとついたぜぃ」なのに閉まっている門。「あれ、入り口違う?」。で、分かった事は2時まで昼休みという事。「え、昼休み?」で、車の中でパンかじって待つ事1時間半。漸く2時。威勢よく入った門なのですが中にあったのは、この写真の建物ぐらい。少し、がっかり。

帰ろう。

さぁ、帰ろう。あれ、ガソリンが少ない。次のドライブインで入れなきゃ。げ、カードがない。仕方ない、現金で払っとくか。あれ、現金もたりない。で、帰りの高速道路。ガソリンがパリまで持つか? 23分毎にガソリンメータを見ながら走る生きた心地のしない帰路。漸くパリの出口につきました。

✎あ。

高速代?そうだ、高速代。現金がない。いくらだ? 足りなかったら警察沙汰かなぁ?何でカード忘れたんだろう? 料金所の順番を待つ時間が妙に長い。色々なフランス語の言い訳を考えながら順番を待つ。Bonjour,Monsieur。メーターを待つ時間が止まっているように見える。表示される金額。「た、足りた!」体中から力が抜ける。思いっきりの笑顔でBonjour,Madameといってすり抜けました。いやぁ、とんでもない思いをしました。で、だからこそ、この旅行は強烈に印象的な旅行でした。

2008年4月14日 (月)

旅行第二十三日目:ミディ運河

  • 旅行第二十三日:ミディ運河

人が大地を変えたドラマ

ある意味でフランスの世界遺産の中でもっともスケールの大きい遺産といえるかも。地中海と大西洋を結ぶ240キロの運河を作ろうとした17世紀の壮大な夢。まだ船だけが輸送手段だった時代に、新しい水路を「人間の手」で作ろうとしたロマンに溢れた世界遺産、それがミディ運河です。人造湖や103もの水門を駆使して個人の熱意によって作り上げられた、物凄い手のかかった運河です。

地球の歩き方の1ページの3分の1ぐらいのスペースに書かれた限られた情報をもとに、トゥールーズへ。家族が先に帰国した後、一人で過ごす休暇に何とか意味を持たせたいと考えていたので、フランスで残り3つとなった未訪問先世界遺産であるミディ運河を訪ねるべく、缶ビールと小説を買い込んで新幹線(TGV)に乗って4時間。トゥールーズに到着。駅をおりました。でも、どこに行けばいいの?地球の歩き方には何にも書いていないし。駅を降りて小さな川を横目に見ながらタクシー乗り場へ。「ミディー運河」に行きたいんですけど。というと、運ちゃんは「?????」という顔。暫く考えて「ミディー運河とブリエンヌ運河の交わる所でいいっすか?」と運ちゃん。「え、まぁ、じゃ、そういうことで」(それどこ??)。タクシーで走る事20分。だいぶトゥールーズの南端に来ました。「Voila, Monsieur(はい、どうぞ)」と言われて降ろされた場所。目の前に小さな水路。シンメトリックな小さな綺麗な通路ですが、でも小さい。でも綺麗。こんな感じです。

Midi_4

「え、これだけ?4時間かけて1秒で見れちゃうわけ?」とちとショック。だって、普通教会とか訪ねれば、先ず概観眺めて、写真とって、で、中にはいってステンドグラスを愛でて、建築方式とかで薀蓄たれて・・・それなりに時間かけて楽しめるじゃないですか? 運河って、その存在のみが意味が在る訳で、見たら「ハイ、あった。で、終わり」となる訳です。

                                 

ブリエンヌ運河はこれ。

Photo

                                        

                                                    

                                                                            

                                                     

                                                                                         

で合流地点にはこんな彫刻が!

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                           ✏運河巡り。

         

で、これでは余り寂しい。考えた結果、「運河巡りツアー」にJoin。アベックや、親子に囲まれながら、アジアのおっさんが一人で缶ビールを手に小さな船に乗り込んで、ミディ運河を旅しました。静かなひと時をゆっくりと止まったような静かな時間の中で過ごさせていただきました。

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 駅に戻ってきてから、運河で貰った地図を見てみたら、何と何と駅前に流れていた「川」が実は運河だった訳で、その意味では、駅を降りて1分で実は目的を達成していたわけですね。(↓これが駅前運河。駅前留学ではありません)

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この運河を見てみて、世界遺産の意味を改めて考えたりしました。240キロの距離を一人の人の情熱で、人の役にたつ足跡を築き上げたこの運河。これこそまさに世界遺産です。

PS;今週後半から海外出張に2週間出てしまうので、更新は28日以降になります。

ちょっとだけ待っててくださいね。

では

A Bientot

                                                

2008年4月11日 (金)

番外編VIII:珠玉のレストランVII(Taillevent)

番外編VIII_珠玉のレストランVIITaillevent

今回はレストランというよりは、そのレストランに纏わる思い出話を一つ。写真はありません。思い出だけあります。この高名なレストランにこの思い出はあんまりにも似合わないのですが。場所は、3☆レストランのタイユバン。あの恵比寿ガーデンプレースのタイユバン・ロブションのタイユバンです。日本から来た会社の同僚と共に、思い切ってきた3☆。「高級なパリのマダムだけだったらどうしよう。僕らって場違い?」なて少し怯えながら入ったレストラン。

片言のフランス語で予約している旨の告げると、恭しく中に通されました。このレストランは比較的大きな店で、テーブル数も沢山あります。

                                  

>>その思い出とは。

席に通された時にとっても気になった事があります。それは、入り口の近くにある大きなテーブル。そこには8人の日本人。一見して分かる合コン状態。おそらく出張者か派遣できた人が、知り合いの女性に頼んで友達を集めてもらってセットされた合コンかなんかなのでしょう。まぁ、3☆で合コンというのも、十分珍しいのですが、僕らが気になったのは、その言葉で表しようの無い「異常な場のもり下がり方」。男4人がテーブルの片側に並び、女性が反対側に。この並び方自体が既に異常。(おい、3☆だぜ、ここ)。

男その1:寝てるし。(時差でもあったのか、殆ど寝てた)

男その2:手持ち無沙汰で、ワイングラスをずーとグルグル回して続けているし。

男その3とその4:二人だけの世界でなんか話し込んでいるし。

女その1:黙々と食べる女性

女その2と3:女同士でペチャクチャ

女その4:何していたか忘れた

僕らが見ている限り、男女の間の会話は全体の5%もなかったのでは。

で、気になって、気になってしかたなくて。その光景を背にして座った僕などは、「ねぇ。あの人まだ寝てる?」「まだグラス回してる?」なんて聞いたりなんかして。そんな会話ばっかりに終始してしまい、この印象があまりにも強烈過ぎて、何をオーダーしたのか覚えていないのです。ぐぁぁぁぁぁぁ。何にも覚えてねぇ~~せっかく3☆に来たのにーーー。

                                                                        

>>で、どんな印象?

記憶の断片をかき集めてみると、どうも僕は子羊を食べたのではないかと?言う事。また、家内曰く、この店の味付けは、ちょっと塩っぱかったこと。で、注文した海老料理の海老の茹で加減が、生と茹での丁度間ぐらいの微妙な感じが絶妙だった。という事ぐらいです。「おい、それだけかよ?」って思うでしょう?そうなんですよ。残念です。

                                 

>>Cave(Wine Celler)は凄い。

                          

この店はこれだけの思い出しかありませんが、これではなんとも参考にならないので、ついでに、Cave Tailleventをご紹介します。凱旋門の近くにこの店はあります。恐る恐る入っていくとTailleventのエチケット(シールの事)を張ったワインがズラッと並んでいるのですが、値段も10EUR~のお手軽なものから、とんでもない高級Wineまで並んでいます。とんでもなく高いものは地下の専用Caveに眠って、VIPの来店をお待ちしています。(僕なんぞは、見るのもはばかられますが)

                                                            

>> VIPの飲んだBottle

この店の面白いのは、ガラスケースの中のボトル。さすがTailleventのワインセラー。Tailleventで食事をしたセレブの飲んだボトルが名前入りで展示してあるんです。例えばマーロンブランドとか、フランスの著名政治家とか。キラ星のようなセレブの名前がここに20人ぐらいはならんでいました。ここのソムリエさんには日本人の女性もいて、気軽に日本語で相談できます。この女性が、「最近飾ったのはブラット・ピットのBottleですね。これです。」なんて気軽にいうのが凄い。是非旅の記念に訪ねてきてください。あ、いやブラッド・ピットに会えるわけではないですが。

今回は、全然☆付きネタではなかったですが、スイマセン。懲りずに又訪ねてきてくださいね。

2008年4月 8日 (火)

旅行第二十二日目:ローマン・バース

旅行第二十二日目:ローマン・バース(Roman Bath

代打バース

スイマセン。実は90年代の写真は古いアルバムから写真を発掘してCDに焼き、それをアップしているのですが、予定していたギリシャの写真が見当たらず、そんでもって今日はエースが故障した時のリリーフピッチャーのような急ごしらえの記事で、代打「バース」をご紹介します。阪神の黄金時代の話(四番ランディ・バース)でも、風呂や(Bath)のご紹介でもありません。風呂の起源の紹介です。言わずもがなの風呂の名称の紀元のお話ですが、今日は情報ソースを変えて、HISの説明を紹介します。

✎今日はHISから。

「バースは英国で唯一、ミネラルを含む温泉の湧く保養地として、18世紀から栄えてきた街。現在もなお、この地で聖なる泉と呼ばれる「ローマン・バス」では、3000mの深さから48度の温泉がこんこんと湧き出ている。その量は1日約125万リットル。実際に入浴することはできないが、この温泉を中心に博物館が作られ、浴場跡と神殿跡を見学することが可能。館内のティールームでは飲料用の鉱泉を飲むことができる。

   西暦43年、ローマ人が、バースに町を建設し、温泉を発見した。ローマ軍の撤退によって一時はさびれたバースが再び栄えたのは18世紀。1ギャンブラーから儀典長(マスター・オブ・セレモニー)の地位に就いたリチャード・ナッシュがこの街を保養地として有名にし、イギリス、ヨーロッパ中の貴族達がやってきた。・・・・」との事で、このバースはローマ時代のローマの覇権がイギリス迄及んでいた事をVisual的に確認できる貴重な遺跡だそうです。

✎ちっちゃ。

想像はしていたものの、常磐のハワイアンズとか船橋ヘルスセンターみたいに(あ、知りませんか?ローカルすぎて?)だだっ広い建物が建っている訳ではなく、ローマ時代の風呂と、その周りに発掘された過去の遺跡の小さな展示場から出来ています。これです。

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当時のローマ人にしてみれば、鹿児島の人が北海道に来たみたいな大旅行だったのでしょうね。なので、風呂好きのローマ人が、この地にささやかな温泉を掘り当て、凍てつくイギリスの冬にここで湯に浸かって故郷を懐かしんだのでしょうか?西暦43年、まさに2000年近く昔の話です。

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小さな温泉ですが、それでも、この温泉、未だ枯れておらず、温かいお湯がなみなみと溢れていて、そばに下りてゆくと湯煙が微かに立ち上り、「いい湯だな~」っていう実感があります。

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✎飲む温泉

温泉に併設された建物には、レストランがあり、その一角で温泉のお湯を飲む事が出来ます。僕も典型的日本人なので、「飲む温泉」があるとつい素直に飲んでしまったのですが、少しショッパイ水で、決して美味しいものではありませんでしたね。「お代わりは?」と聞かれてもNo Thank youな味でした。そういえば余談ですが、フランスでは温泉というと「飲むもの」。フランスで有名なVichy、このVichyにはフランス中から人が集まっていますが、その目的は「飲む温泉」・・・年配の方々が体にいいといわれる温泉のお湯を貰いにやってきて、ペットボトルにお湯を詰めて帰るのです。だからきっとゆっくりと浸かるような大浴場なんてないのではないでしょうか? ここにはローマの文化が直接の形で伝わって来なかったのかもしれませんね。なんでか分かりませんが・・・。

このバースの温泉の周りは、観光地でもあり人が溢れていますが、土産物屋を売る人、路上でギターを弾く人、思い思いに時間を楽しんでいました。

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✎人類って進歩してる?

僕もパリから帰って最初の旅行で行ったのが、温泉。海外に無かった日本の宝は温泉なのです。フランスには日本のような温泉がないから。で、露天風呂に浸かって、「これだよね~」

と呟きながら、ふと思いました。「これって、2000年前のローマ人とちっとも変わんなくね~?」人類って進歩してる?

2008年4月 6日 (日)

旅行第二十一日目:ミケーネ

旅行第二十一日目:ミケーネ

今日もギリシャ

前回に続き、旅はギリシャに留まってちょっとこだわりのギリシャ旅行、今日は人類の遺産。ミケーネに向かいます。ここは言わずと知れた、僕が尊敬するシュリーマンの発見したミケーネ文明発祥の地です。私の記憶が確かならば(「料理の鉄人風」懐かしい)、ここはシュリーマンがギリシャ神話を元に、「この神話の地は実在する筈」との信念で、研究を続け、ついに発掘に至った場所です。きっと色々な人にたしなめられたり、馬鹿にされたりしながらも、それでも神話を信じ、神話の記述を分析しながら、場所を特定し、発掘調査を行い、そして、実際に文明の遺跡を発掘したときのシュリーマンの感動はどれほどのものだったのか、と考えると本当に鳥肌ものですよね。旅行第二十日目でUpした黄金のマスク等がザクザクと出土された時、彼はこここそがミケーネ文明の地だと確信したのだと思います。

地味、でも凄い

地中に埋もれていた遺跡だけに、確かに、パルテノン神殿のような立派な神殿が残っている訳でもなく、掘り出された建築物跡が残っているだけですから、映像的には物足りないかもしれせんが、ツアーガイドにつれられてバスをおりややしばらくあるいて、この特徴あるミケーネの「獅子門」にたどり着いた時には、それこそハリーポッターではないけれど、世界史の教科書の本の中の「ミケーネ文明のページの中」に吸い込まれてしまったような不思議な感覚に暫く浸りました。

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このミケーネ文明とは、Wiki;pediaによれば、紀元前1450年頃に興った文明だそうで、獅子門、円形墳墓A、王室、アトレウスの墳墓が有名だとの事です。あまりにも昔の記録なので、どれがどれだかわかんないのですが、ともかくアップしておきます。

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✎ポセイドン神殿

これでは写真があんまり地味なので、ミケーネとは直接関係ないですが、追加でポセイドン神殿をUpします。

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スニオン岬の突端に建つ海の守護神ポセイドンの神殿です。紀元前500年頃に着工され、その後ペルシャ戦争で一時中断され、完成は440年頃といわれています。この岬の下にはエメラルド色のエーゲ海が広がりそれは素晴らしい展望でした。海がエメラルド色だと思ったのはこれが初めてでした。

では。もう少しギリシャにこだわってみますね。

2008年4月 5日 (土)

番外編VII:珠玉のレストランVI(Maison Blanche)

番外編VII 珠玉のレストランVI (Maison Blanche)

庶民派でいこう

ここのところ、Pre-Catlanやら、A-Lallementやらの2☆をご照会してきましたが、「そりゃね、ブーローニュの森やらランスやら、地元の人だから気楽に行けるけど、わざわざ日本から来てね、他にもやりたいこともあるし、時間だって制約あるし、それに食事にばっかお金かけていられないんですよ」なんて声が聞こえきそうなので、そんな方の為に、一つお手頃なレストランをご照会します。それがこのMaison Blancheです。英語で言えばホワイトハウス、スペイン語ならカサブランカつまり「白い家」という意味です。名前の通り、こんな感じの建物です。

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セレブリテの集う場所。

とはいえ、立地は最高。パリで恐らくは「最高のセレブ通り」と思われるモンテーニュ通り(グランパレ近くでシャンデリゼ通りに略直角に接し、セーヌ川に向かって走る超ブティック通り。入り口にいきなりルイビトン、そしてセリーヌ、シャネル、ロエベと延々とこうした超一流ブランドが軒を並べるこの通り。今の言葉でいえば「ありえない贅沢さ」です)。この突きあたりにある劇場最上階にあるこのレストラン(15 Avenue Montaigne 7e Tel;47.25.57.99)は、セレブの常連さんも多いとガイドブックには書いてありました。実際に行ってみると皆それなりにセレブっぽいので、一体誰が「真のセレブ」かは全く分かりませんでしたが。(ひょっとしたら有名なアナウンサーとかいたかもしれませんが、フランス人の顔なんて知らないので)。ま、セレブはともかく、雰囲気はそんな萎縮する程の高級感はなく、でもモダンで上品な内装。そして、窓からはエッフェル塔が。夕方になると、エッフェル塔が優しい光を放ち、その光を眺めながら舌鼓をうつその一時はまさに至福のひと時。

✎映像ご照会

現像してみると、人物の写っていない食事の写真がないので、ご提供出来るのはデザートの写真だけで恐縮です。且つ、セレブの前でフラッシュパシャパシャっていうのも気が引けるため、フラッシュなしでとった写真ですので、あまり映像的にはよくないのですが、ご容赦くださいませ。

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↓敷き詰めてあるのはオレンジです。

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✎お勧めです。

ともかく、☆付にこだわらず、気軽に、でも、それなりの高級感を味わいながら珠玉の食事を楽しみたいなら、この店はお勧めです。観光客も多い場所ですから、きっと英語も通じると思います。是非是非試してみてくださいませ。

2008年4月 3日 (木)

休息:フランス人 Oui ou Non (No.10)

休息:フランス人 Oui ou Non(No.10)

このコーナーも今回で10回目です。フランス人のいいとこ、悪いとこ、つらつらと書いてきましたが、とりあえず10回で一区切りにしますね。また、何か思いついたら飛び込み記事にします。で、お世話になったフランスなので、最後は「フランス礼賛」で〆たいと思います。

Viva Rationalism

  先ずは手形;

最後ぐらいちょっと堅い経済の話を。僕がフランスに行ったのは'9011月。日本経済の決済手法には「手形」というものがあります。これは関取が墨につけた手を色紙に押し付けて作るあの「手形」じゃないですよ。為替手形とかの手形です。日本では今でも、紙に金額を印刷して、印紙を貼って法人間の資金決済に使っています・・よね。

(豆知識)

・ところが、フランスでは既に僕が赴任した'90年(18年前)には既に手形を電子化していました。銀行はお客さんからデータを磁気テープとかデータ伝送とかで貰ってそれをデータ伝送して決済します。物理的な手形交換所は存在しません。手形をデータ化するIT機能を持たないお客さんの場合は、銀行が手数料を貰って電子化の代行をするのです。

・でも、ここで素朴な疑問。「手形の意味は、振出人の会社印による決済の保証」。銀行担当者はこの手形上の会社印を印鑑照合して正当性を確認するのです。でもデータ伝送にしてしまったらそれが出来ない。つまり「偽造された手形を偽造と識別する事」が出来ないわけです。この素朴な疑問をフランス人にぶつけてみるとこんな答えが返ってきました。

「割りきりさ。膨大な手形取引の中で、偽造に遭遇するリスクは0.何㌫。この場合の損失を補填する為に銀行は保険に入っているわけ。偽造に引っかかったら、Unluckyと保険会社に依頼して保険金を貰うわけ。費用対効果だよ。」と。

ここにフランスに息づく合理性が見え隠れします。・・・・「合理性の前には全てが道を譲る国。」それがフランスです。

  Minitel

Minitelって知っていますか?まだInternetが地球上に登場し、全てがwwwで片付いてしまう社会が到来するはるか30年前、フランスにはMinitelというInternetモドキが普及していました。フランスに昔旅行した人は、レストランのレジに小さい茶色い箱が置いてあったのを覚えているかもしれません。箱の蓋を開くと、小さいテレビみたいな画面が現れ、蓋の裏側がキーボードになっています。ここから3615.(名前)でアクセスし、これで大抵のことができます。例えば、劇場予約、レストラン予約、航空券予約等。僕はこのMinitelで申し込んだテニスの全仏Open(ローランギャルズ)の男子・女子の決勝戦が両方当たるという奇跡に恵まれました。そういう便利GoodsMinitelです。これは信じられない事に600万台も普及したそうです。フランスは2000万世帯と言われており、つまり3世帯に1世帯がこのMinitelを家においている計算になるわけです。

✎なんでこんなに普及したか?

それはこの装置が「タダ」だから。電話局にとりに行くとその場でこの箱が貰えます。

「それなりに金のかかるこの装置をタダで配る。でも普及すれば、殆どすべてのお店がMinitel登録を行うので、市場が広がり結果としてこのコストは回収できる。」という割り切り。これも合理性です。でも、これを実現するキーワードは「徹底的なコストカット」。

徹底的に機器製造コストを切り詰め、タダで設置する採算を可能にしたわけですが、この発想のお手本になったのが、ゲーム機を廉価で売り出した任天堂だったというのを聞いて2度ビックリです。

✎で、〆

・パリを少し離れると、牧歌的な草っ原や森が広がり、延々と続く平原。小麦でパンを作り、葡萄でワインを作る。そんな農業国のイメージのあるフランス。

・お店にはいっても、奥の方で店員がおしゃべりを楽しんでいて、「あの、」と話かけようものなら、面倒くさそうに、「何よ、何なのよ」っと出てくるようなちょっとダラっとした印象のあるフランス。

でも、その陰には、一部の物凄い優秀な人が考え出し、国民がそれを受け入れた「物凄い合理性」があるわけですね。いやいや、感動しました。フランス革命の国、パスカルやラボアジェを産んだ国、フランス。やっぱり只者じゃないっす。・・・VIVA FRANCE

おしまい

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