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2008年8月

2008年8月27日 (水)

旅行第四十一日目:万里の長城

、旅行第四十一日目:万里の長城

✎終わったね

いや~、終わりましたね、オリンピック。これでまたブログへのアクセスが戻ってくるといいんですが。まぁ、今しばらくオリンピックの余韻に浸っていただくために、突然ですが、今日は欧州を完全に飛び越え7時間の時差を経て、舞台を中国に移します。今回のブログでは初めて帰国後訪問した世界遺産をUpすることになります。

✎夢

実は僕は生きている間に訪ねたい場所が4箇所あります。それは、グランドキャニオン、タージマハール廊、そしてこの間ご紹介したピラミッド、そしてこれ万里の長城の4つです。それだけにこの出張でここに来れたのは感動でした。夢がまた一つ叶った瞬間でした。

✎意見二分

ここの評価は珍しく綺麗に2分されています。「凄い、感動した」という人。「つまんなかった」という人。その謎が登ってみて分かりました。延々6352キロに亘る人工衛星からみて判別できる唯一の人工建造物。延々と山々に続く城壁を眺め、それに思いを馳せながら、その世界に浸れる人はきっと感動できるでしょう。その全景はこんな感じです。

Photo

一方、長城の上で観光客が自由に歩ける場所は、混んでいなければ精々10分程度の短い距離。「はるばる訪ねてきてこれだけ?」っと言う人には、期待はずれの観光地。ということになるわけです・・・想像ですが。これです。Photo_2

僕はというと前者で、視界に入る全ての山の上に延々と続くこの長城を見て、漢民族が騎馬民族の侵略を守る為この長城を築いている光景を思い描いて、感動に浸っていました。

✎ジェットコースター

ところでこの長城の観光客入場口に辿り着くのが意外や意外。一人乗りのジェットコースターのような乗り物に乗って数珠繋ぎで上へ上へと上がってゆくのです。1000年の歴史を遡る長城に辿り着くのに最新鋭のコースターで行くのがとっても違和感がありました。体は楽だし、お年寄りには恩恵ですが。

2008年8月24日 (日)

番外編XVI:珠玉のレストランXV;ジュールベルヌ( Jules Verne)

番外編XVI:珠玉のレストランXV;ジュールベルヌ( Jules Verne

✎ここがあった

いや、探してみるとまだまだあるもんです。ここも記事として取り上げていませんでしたね。この名前を聞いてピンとする人は文学好きかパリ好きのどちらかでしょうか。ジュールベルヌは、

「八十日間世界一周、月世界旅行」の著者。一方、パリのレストラン、絶対に迷わない場所にあるレストラン、そうエッフェル塔の中のレストランの名前でもあります。今日は、日本からパリにきたら尋ねてみたらいいなぁというレストランの一つとして、ここをご紹介しますね。

✎頑張ってます。

当然の事ながら、エッフェル塔には4本の足があります。その足のうち2本はケーブルカー、また他の1本には黄色の屋根が付いています。この黄色の屋根こそミシュラン1☆レストランだったジュールベルヌの入り口です。このケーブルカーはレストラン専用。名前を告げると乗せてくれます。ちょっとVIP気分。一番下の展望レベルに到着してドアが開くとそこは360度パリが見渡せる展望レストランです。これほどの景色を提供してくれるレストランは中々ないと思います。そして一般的に観光地のレストランというのは、「景色は良いけれど味は???。まぁ観光地だしね」というケースが多い中、ここは頑張ってます。僕の記憶が確かならば、一度ミシュランの☆が無くなって、何年か後にそれを取り戻したレストランだと思います。流石パリの顔、エッフェル塔のレストランですよね。

✎あらあら

それは僕が家内の両親を案内した時のこと、僕らは展望の素晴らしい窓側の席についたのですが(予約時に場所は指定できませんので、「窓側の席にしてくれよぅ」としつこくお願いしたり、ちょっと案内するボーイさんにチップを弾んだりとか色々やった結果)、席に向うときにちょっと気になったテーブルをつなげた10人掛けくらいの長い食卓、想像通り、日本から(と思われる)のビジネスマン(男ばっかり10人)がダークスーツで入ってきてお食事会を始めました。いや、誰がきても何を食べてもいいのですが、観光客の家族連れやアベックが少人数で会話を楽しんでいるレストランのど真ん中で、ダークスーツのアジア人のオジサン達が男10人で食事をする光景は何とも・・・不気味というか摩訶不思議というか、浮きまくった空間でした。

✎努力は報われる

ここ、予約はかなり前からする必要があるようです。僕の知り合いがパリに来たとき、ここを予約しようと思い、2日前ぐらいに電話をしたところ、呆れたような応対で、「え、明後日の夜ですか?。とっくに予約で一杯ですよ。昼なら少し空いていますが・・・」と、「おとといおいで」と言わんばかりでした。・・・1ヶ月前に予約するぐらいの「気合」が必要かもしれません。でも、その努力は報われると思いますよ。この景色(得に夜景)と料理の質の組み合わせは、最高の思い出になると思います。

✎最新ニュース(もうご存知ですか)

皆さんにURLをご紹介しようと思って「ジュールベルヌ レストラン」でググッて見たら

POTLOGという所の「アラン・デュカス エッフェル塔レストランオープン!」という記事がヒットしました。アラン・デュカス氏は現在フランス料理界の最高峰とも言われるシェフで

僕もPoincare59 でご紹介した方です。これは僕も全く知りませんでした。つまりリオープンという事です。時代は変わっていますね。でも、彼のレストランなら味は間違えないと思います。記事を抜粋しておきますね。是非、試してみてください、次回のパリ旅行で・・・ では

*****************************************

世界中でいくつものレストランを成功させているアラン・デュカス氏は、
フランスのテレビ局に対し、ジュール・ベルヌを
フランス料理のショーウィンドーにしたいと抱負を語った。

その上で、パリのホテル「プラザ・アテネ」にある旗艦店や、
モナコの「ルイ・キャーンズ」といった3つ星レストランのような
高級レストランにするつもりはないとしている。

ジュール・ベルヌのランチコースは75ユーロ(約1万2000円)、
ディナーコースは155─170ユーロ(約2万5000─2万8000円)となっている。

2008年8月18日 (月)

パリに来たなら;口コミ情報No.9

口コミ情報

NO.

パリに来たなら

’Marche’

✎凄く違う

家内がパリを懐かしむ時によく口にするのが、朝市場(Marché)。確かに僕もMarchéを見るとパリに居ることを実感します。山のように積み上げられた新鮮な野菜。見たこともないような形のキノコ。そして季節になると、これも、どこもかしこも野積みとなるアスパラガス。僕がびっくりしたのは、お肉屋さんに行った時、猟で捕獲された鹿が、そのまま飾られていたことでした。

折角パリに来たら、パリらしさを味わいにMarchéに行ってみませんか?

✎その1:

パリといえば一番有名なのがエッフェル塔。そのセーヌ川向かいの高台にあるのが、何度か御紹介しているTrocadéro。この広場からセーヌ川を背にして一番手前の右手の坂を下りて行くと、Avenue Prėsident Wilsonという通りがありますが、この通り、毎週水曜日と土曜日の午前中、通り全体が市場に変身します。朝一番あっという間にテントが設営され、あれよあれよという間に市場になります。ここは新鮮な魚介類、お肉類(季節にはジビエ)、野菜、はたまたチーズ、ワインといった食材から、着物、靴、あるいは家具まで所狭しと数百メートルの市場が並んでいてこれがとても楽しい。日本でも僕の家内の料理(フランス人)の先生が中京テレビのインタビューを受けた時、紹介したのがこの朝市でした。僕が日本から来た友達を案内したときも、日本のテレビ局の取材が来ていました。ここはお勧めです。蜂蜜とか、フォアグラの缶詰とか、パリの土産になりそうなものも売っていますので、是非ブラブラしてみてください。

✎その2:

これもエッフェル塔近くですが、凱旋門近くの駅(Charles-de Gaulle Etoile)から6番線にのって、確か5番目にDuplexという駅がありますが、地下鉄の下(セーヌ川を渡ってから再び地下に戻るまで、ここだけ高架線となります)に日曜日の朝、朝市が立ちます。ここで特記すべきは、新鮮な魚介類。地元の日本人主婦が、「ここの市場で買うマグロだけは、そのまま刺身に出来る」と言っていましたが、そう思わせるほど新鮮な魚が手に入ります。僕も一度、マグロを買ってきて刺身にしてみました。もっとも慣れていないのと、包丁がいまいちだったので、塊のマグロを切り分けたら、マグロの刺身というより、マグロの残骸になってしましましたが。

ここは衣料も充実していて土産に洋服を買って帰ったりしました。

他にPorte-de-St.Cloudの朝市などもありますが、先ずはこの2ヶ所訪ねてみてください。

2008年8月16日 (土)

旅行第四十日目:エジプト-ピラミッド

旅行第四十日目:エジプトーピラミッド

     ***** 祝 第40回 ***

行こうと思うたびにエジプトでテロがあって、中々来れなかったエジプトに勤続20周年記念ということで訪れたエジプトを第40回記念にUpします。初めて欧州を完全に離れます。

✎それがまた、とんでもない

まぁ、聞いてください。元々到着が午後11時過ぎのおそいフライトだったのですが、イースターだったせいで空港は大混雑。通関に1時間かかってようやく空港を出て観光バスへ。ところが、セキュリティの為、バスは3台纏まらないと空港を出れないという変なルールで、広い空港のパーキングで、我らが観光バスだけポツリと1台深夜に。このほうがよっぽど危ないワイ。で、暫く待たされた後、1時間ぐらい高速を走り、ガイドが、「あそこに見えるのがホテルです。」と言われて安堵。と、ところが高速のこの出口。深夜になって突然始まった道路工事で出れず、その場に暫く立ち往生。・・・で、どうしたか?なんと観光バスが100mぐらいバックで逆戻りして、脇道へ(聞いたことない。おそろしや)。目の前にホテルが見えてほっと一息。と思いきや、トンネルの高さが低すぎてバスがトンネルを通れず、その場で全員バスを降ろされ、なんとホテル迄200mぐらい自分で荷物を引っ張っていきました。到着は午前3時。とんでもない旅行初日でした。翌朝は7時のモーニングコールで、略徹夜。とんでもない旅行となりました。まぁ、エジプトだし、いいか。

✎ピラミッド

Pyramid_6

これはもう説明する必要も無いでしょうね。カイロ郊外にあるクフ王、カフラ王、メンカフラ王3大ピラミッドです。一番有名なのがクフ王、化粧版が頂上に残っているのがカフラ王、最小のがメンカフラ王のピラミッドですよね。この旅行でピラミッド内の王室にはいったのはカフラ王のピラミッドでした。大人が屈んでようやく歩ける程度の狭い通路を数分歩いて到着。石室の中は日本の小さな部屋ぐらいの広さで、かつ何にも置いていないシンプルな場所でした。昔は金銀財宝ザックザクだった場所ですが。ここに、落書きでもあったら興醒めだったでしょうが、それは流石にありませんでした。この石室ツアーは子供心にも強烈なインパクトがあったようで、この旅は今でも覚えているようです。子供と思い出が共有できるといいですよね。尤も、記憶の襞に刻み込まれるように、後日、この旅行のビデオや写真を何度も何度もみせましたが。

✎スフィンクス

Photo_4

この写真。何度もブラウン管(古い)の向こうに見た景色が目の前に現れた感動は、いやもう言葉に尽くせません。ところでこのスフィンクスと後ろのピラミッド。もっと近くにあるものと思いきや、かなり両者の間は距離があるものなんですねぇ。ピラミッドは思ったより大きく、そして間近まで近寄れるところに飾られていました。それにしても、「何のために?」と考えざるを得ない不思議な建造物でした。

✎ツキ

初日は酷い目にあった旅行ですが、ツキがあったのは、実はこの日、予報によると天気が崩れて風が強くなり、そうなると砂嵐になって観光が禁止される恐れがあったのですが、当日は風も止み、無事悲願のピラミッド訪問を終えました。あ、それから、博物館でみたツタンカーメンの黄金のマスク、これはもう完璧な美しさ、絶対に3000年以上前の作品とは思えない、人類の奇跡でしたね。(撮影禁止なのでUp出来ないのが残念ですが)

2008年8月10日 (日)

旅行第三十九日目:西ゴート王国の首都:トレト

旅行第三十九日目:西ゴート王国の首都:トレド

✎地味遺産Again

今回はルパンIII世の「カリオストロの城」に出てくる「ゴート札」で御馴染みの、え、御馴染みでない・・こりゃまた失礼しました。西ゴート王国の幻?の首都トレドです。正直いって僕もかなり遅くまでこの町の存在は知りませんでした。西ゴート王国についてチトWikipediaで補足します。途中からですが、「・・・507年にクロービス率いるフランク族に破れ、王国の重心をイベリア半島に移した西ゴート王国は、531年に再び敗れガリアの領地の殆どを失った。560年に首都をピレネー山脈の北のトロサからトレドへと移した。」そう、このトレドです。多分世界史の教科書でも衰退し始めた王国の最期の首都迄は記載してなかったかもしれませんが。(山川出版の世界史の教科書未確認)この後一度息を吹き返して、589年、レカルドI世の時代にカトリックに改宗した事を通じて一度、宗教会議などが多く開かれたそうですが、最期には711年にイスラーム王朝のウマイヤ朝がイベリア半島に上陸、最後の王であるロドリーゴ(ロデリック)が戦死して滅亡した。とあります。

✎ついで

マドリッドに旅行に行った際に現地のツアーで訪ねた場所です。ですので、マドリッドの近くにあることは確かです。この場所は、それこそルパンIII世のカリオストロの城の舞台になった(と言われている?)場所です。というのも、この街、タホ川に囲まれた人口77千人の都市で、街はまるで中世の町がそのまま息づいている街です。まさにルパンの漫画のように、このタホ川

の橋を渡ると中世、手前は現代(この台詞はローテンブルグで使いました)。

Photo_5

でもまさにそんな感じです。街中にはいると目的地は一箇所だけ、一路アルカサルを目指します。スイマセン。いい写真がないのでこの全景写真で見ていただきたいのですが、この写真の頂上に位置するお城がこのアルカサルです。左手に見えるのがトレド大聖堂です。

Photo_6

まぁ、この景観を御覧くださいませ。確かに、これカリオストロの城です。・・・僕思うに。

2008年8月 7日 (木)

パリに来たなら;口コミ情報No.8

パリに来たなら

口コミ情報情報

NO.8

デパート情報

パリに来たい人って色々なタイプがありますが、「特に美術館に行きたい」っていう人は、あまり買い物について事前準備をしていない場合が多いので、ちょっと今日はデパート情報をご提供します。かなり基本的な情報ですので、ご存知の方はすっ飛ばしてくださいな。

✎ギャラリーラファイエット

かの有名なオペラ座(正確にはオペラガルニエといいます)の丁度裏にある一番有名なデパート。○IIのようにスポーツ館、メンズ館、グルメ館といった具合に3つビルで構成されている本格的デパート。メトロの駅とも直結していて交通は便利です。

「メンズ館1階にある食品館、ラファイエット・グルメにはフランスの名産品やワインが並び、お土産選びに最適で、人気パティシエ、サダハル・アオキの ... ギャラリー ラファイエットでは、カイエ・ド・パリ読者の皆さんにうれしい特典をご用意しています。 ...
http://www.galaries-lafayette-paris.com

✎プランタン

このプランタンは、ギャラリーラファイエットの斜め前にあります。

http://www.cahierdeparis.com/1_article_81(以下抜粋)

「パリの有名デパートのひとつ、プランタン。数々の高級ブランド、クリエイターブランド、アクセサリー、コスメ、ハウスウェア、インテリアと、何でも揃っているから、滞在期間に限りのあるパリでのショッピングには、本当に便利ですよね。世界最大のコスメフロアや、ワンフロアまるごと使った靴売場が最近登場してますます注目です。レストランも充実していて、パリの絶景を見下ろせる、コスメ・メゾン館9階の「Deli-cieux」がおすすめ。モード館の1階にはマカロンで有名なラデュレもありますよ。」

買い物をして、パリの絶景を眺めながらお茶をするようなちょっとゆとりのあるお買い物がお勧めです。

✎ ボン・マルシェ

どうでしょう?上2つは結構有名なんですが、これはご存知でしょうか?実はこのボン・マルシェは、現在の「デパート」の原型となったという、実は意味深いデパートだそうです。商品の並べ方とか、いろんなものが現在のデパートの基本になったのでしょう?

http://www.lebonmarche.fr

ここの印象的なのは、クリスマス。僕らがここを訪ねたのはクリスマスでしたが、この時のショウウインドーは、デパートの壁全体がクリスマスの人形などの飾りつけでとても綺麗でしたよ。もし、クリスマスにパリに行く事があったら、訪ねてみてはどうでしょう?

2008年8月 4日 (月)

旅行第三十八日:スイス_ユングフラウ

旅行第三十八日目:スイス_ユングフラウ地域

暑い毎日が続いていますね。ここ数日、アクセス件数が少なく、皆さん夏バテではないかと心配しております。大丈夫でしょうか?かく言う私は夏休みで、一日ダラダラしていますが、外にでると暑いので、室内で「こもりのおじさま」を決め込んでいます。少しでも涼しい気分になっていただきたく、掲載の順番を変えて皆様をスイスアルプスにご案内します。

✎自然遺産

スイスなんてどこもかしこも自然遺産かと思いきや、実は2ヶ所しかないのですが、その一つがこのユングフラウ地域、ユングフラウ、メンヒ、アイガーの山々が認定されています。で、ここは我が家にとっても思い出深い場所。帰国前最後の夏休みでしたし、子供が成長して初めて家族で山歩きを経験した場所でもあります。目の前に何も遮るものが無いアルプスの山を目指して、ひやりと冷たい空気に包まれる中、こどもは蝶やバッタを追いかけながら、大人は道ばたにさく可憐な花々を愛でながら、思い思いに楽しみました。それがこれ。

Photo_21

只、目的地手前の休憩所で、突然雲が沸き、嵐のような雨が振りつけ、ちょっと遅かったらずぶ濡れだったね・・と山の恐ろしさも同時に垣間見ました。

✎おまけ

どうしてこっちが世界遺産にならないのか、マッターホルン山に魂があったら嫉妬でユネスコ職員に呪いがかかるんではないかと思うほど、素晴らしい景色もアップしておきます。ここはGornergrat(3089M )からの下山途中、登山鉄道を降りて山歩きをするルートの途中にあるRiggelsee湖での景色です。これもあまりにも有名な場所なのですが、丁度雲も切れて最高の景観でした。

Photo_22

観光最後の日、地図を見ていたら「中緯度で最も低い位置に氷河が見られる場所」が車で5分の所にあったので、思い出に・・・と出向いたのですが、駐車場から目的地迄、確かに水平距離は1㎞もなく、嘘ではなかったのですが、垂直距離が数百メートル、断崖絶壁に作られた人がかろうじてすれ違える幅の木製の階段を登るはめになり、それはそれは恐怖体験をしました。そんな岩山を率先して登っていく息子が妙に頼もしく見えたり・・・そんな思い出が詰まったスイスの山々でした。

旅行第三十七日目:プラハ

旅行第三十七日目:プラハ

とにかく全部

Wikipediaで以下確認しましたが、この街、プラハは街全部が世界遺産という何とも贅沢な街です。世界遺産の数を稼ごうとしている僕などは、どんなに色々歩き回っても、世界遺産としては一個という、労働生産性がない街です。(個人的都合での愚痴です)

Wikipedia原文):

プラハ市街中心部、ブルタヴァ川の東岸に位置する旧市街から南の新市街まで、西岸のフラッチャニ地区およびマラー・ストラナ地区、計866haが登録対象となっており、11世紀から18世紀にかけてさまざまな時代様式の建築物が残る。

でも、これさえ見れば

プラハは結構遠い印象があって、言葉も通じないだろうしと、結構二の足を踏んでいたので、随分旅行会社のパンフレットを見たのですが、写っている写真はいつも同じ。この時計台です。

その写真がこれです。

Photo_17

特定の時間になると人形仕掛けが動き出すとの事で、僕らがいったときも、なんとなく広場をぶらぶらしていた観光客が、その「特定の時間」近くになると、磁石に吸い寄せられる鉄粉のように段々一箇所に集まって全員で一定方向を眺めているのが、なんとも滑稽でしたが、僕らもその一団に混ざって最前列で見ていました。ほんの数分、人形が動くだけのからくり時計なのですが、それでもその数分を見終わると皆満足そうに散ってゆきました。

あえて言えば

それ以外の見所としては、旧市街広場のヤン・フス像でしょうか? 14世紀のボヘミア出身の宗教改革者の銅像だそうで、これが広場の真ん中にドンと陣取っているのがこの広場の特徴です。

後は、ディーン聖堂と、プラハ城ですが、ディーン聖堂は改修工事中で中に入れませんでした。

プラハ城丘の上にあり、路面電車で丘を登ると、正面はケルン大聖堂、側面はシュテファン大聖堂、裏面はノートルダム寺院といった、見る場所によって印象が異なる不思議なぉ城でした。

たった2日の旅行でしたが、街の人もなんとなく優しく、空気にも透明観があって、思ったよりも東欧の暗さが感じられない、こじんまりとした素敵な街でした。

2008年8月 3日 (日)

番外編XV:珠玉のレストランXIV: Meurice

番外編XV: 珠玉のレストランXIV

Meurice

✎特殊

場所は分かりやすいです。絶対に迷子にならないところにあります。場所はルーブル美術館脇に広がるチュールリ公園の道路向かい。高級ホテルムーリスの1Fにあるレストランです。何処に書いてあったか覚えていないのですが、記憶では、「ホテル内のレストランはミシュランの☆が付き辛い」という言わばジンクスを乗り越えて、堂々の2☆です。あ、前にも書きましたが、ここも僕が訪ねて直ぐ1☆から2☆に上がった店なんです。偶然なんですけどね。なんか、嬉しくって。良いことしたみたいで。

✎景観

恐る恐る中に入ってびっくり。ご存知のようにパリのホテルの1Fは天井が非常に高く、この1Fにあるホテルも当然のことながら高い天井、広い空間。そこに数の限られた洗練されたテーブル、そしてそれを取り巻く多数のサービススタッフ。僕の記憶が確かならば、その高い天井には、華やかなデコレーションが施され、ここでの食事はさながら宮殿の晩餐会。この雰囲気だけでもミシュランの☆付きの価値があります。因みに、ミシュランは、食事だけでなく、サービス、雰囲気など総合的な評価で☆をつけます。食事の品質だけでの評価を知りたいならば、ゴーミオのほうがいいです。20ポイントが満点で、食事の品質だけで評価され、ミシュランの3☆のレストランの評価にもかなり幅があります。因みに当時20点に近い最高評価を受けていたのは、ロブションの店Jeminでした。遠き記憶ですが・・・

✎浮遊

この店、ロンドン時代の知り合いがパリに出張したとき僕に連絡を取ってきたのですが、この出張は上司と一緒なので、ちょっと高級感ある店に連れて行ってくれ言われて、清水の舞台でここに来ました。(ちゃんと割り勘でした。ハイ)。そんな訳で、高級晩餐会にアジア親爺3名。

明らかに「浮いて(浮遊)」いました。かなり気を遣って、その上司さんにメニューの説明したり、料理に合うワインとかを、それはそれはを一生懸命選んだりしていたので(報われない奉仕活動)、自分が何を食べたかなぞは全く覚えておりません。だた、この店、「雰囲気だけでなく、味も確かに☆付きですね。」と3名で話をしたのを覚えていますから、それだけ感激があったのでしょうね。

その後、暫くして☆が2つになった訳で、僕らの評価も伊達じゃないと喜んだ訳です。

✎おまけ

この店のすぐ傍に先日ご紹介したアンジェリーナがあります。ここのモンブランは巨大で且つ偉く甘いです。この店にはいつも長い行列が出来ています。

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