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2008年10月

2008年10月28日 (火)

旅行第四十八日目:アユタヤ

旅行第四十八日目:アユタヤ

✎それは突然に。

昨日フランスに居たとおもったら今日はタイ。いい加減にせんかい!と言わずまぁお付き合いください。出張でタイに行ったので、アユタヤ遺跡を見にゆきました。いや、別に前から興味があった訳ではないのですが、世界遺産ブログ書いている今、タイと聞いてバンコック近くの世界遺産探したら、ここがあった訳です。最近どこにいってもすぐ最寄の世界遺産を探してしまう変な習慣がついてしまったようです。

✎で、アユタヤ(Ayutthaya)とは?

あまり知られていない(と僕が勝手に思っている)ので少しコメントを。チャオプラヤー川とその支流に囲まれた中州にアユタヤーの町がある。バンコックから北へ80㌔。1350年から417年間、35代の王がこの地で王朝の歴史を築いた。まぁ、江戸に遷都する前の京都のようなものでしょうか(私見です)?

✎ワット・プラ・シー・サンペット

王室の守護寺院。1500年には高さ16m171㎏の黄金に覆われた仏像が建造されたが、ビルマに侵略された際に跡形も無く壊されたとのこと。色々な世界遺産を見てきましたが、戦争のつめ跡をこれほど色濃く感じた場所はなかったです。残っているのは15世紀に建てられた3基のセイロン様式のチュディ。3人の王の遺骨が納められています。尤も、この塔、何の囲いも無いので、僕らのツアーの皆さんはこの階段を登って(つまり王様のお墓の上まで登って)、Vサインをして記念撮影していました。ちょっとショック。この塔は金色の仏像はありませんでしたが、その黒ずんだ石の塔にかえって歴史の重みとか感じたりしました。

Photo_3

✎ワット・マハータート

あ、いや、ガイドブックによると寺院なのですが、その場に行ってみると寺院なんてありません。廃墟です。崩れかけた小さな塔、頭を切り落とされ多数の仏像がポロポロと残っているだけです。そしてそれを見下ろすように、かろうじて残った小さい仏像が黙って座っています。何百年もこの暴挙の光景を黙ってみてきたんですね。ここも戦争の爪痕が痛いです。寺院がなくなっているので、ここの被写体はこの一点に集約されています。それがこれ。ちゃんとした名前もないようですが、「木の根に取り込まれた仏像の頭部」です。写真の枚数の制約が何故があって2枚が限界になってしまったので、迷った結果、この頭部を載せます。

Photo_4

2008年10月25日 (土)

旅行第四十七日目:フォントネー修道院

旅行第四十七日目:フォントネー修道院

✎鼻

突然ですが、役者は個性が勝負ですよね。フランス、ここに「鼻の大きさ」が強烈な印象を残す俳優さんが居ます。その名はジェラルド・デパルデュー。知る人ぞ知る「鉄仮面」とか「三銃士」

で有名な大柄で男臭い俳優さんです。この俳優さんの当たり役の映画に「シラノ・ドュ・ベルジュラック」という映画があります。

✎「シラノ」を「知らんの」?

シラノは1619年、パリ高等法院Le Parlement de Paris)に席をもつ弁護士アベル・ド・シラノ(Abel de Cyrano)の第四子として、パリのドゥ・ポルト街(rue Deux-Portes)(現在のデュッス-ブ街(rue Dussoubs)に生まれる。母はエスペランス・ベランジェ(Espérance Bellanger)。時はブルボン朝ルイ13の治下、三十年戦争時期にあたる。一つ追加すると、シラノは鼻が思いっきりでかかったそうで、その意味でもデパルデューは適任で、着け鼻も殆ど不要だったとか、とこれは余談。

このシラノは後世、以下のエドモン・ロスタンの以下の演劇で有名になったのです。

  • 1幕:鼻のシラノが劇場で貴族らに喧嘩を売り、芝居をぶち壊す。ひそかに恋する従妹ロクサーヌに言い寄っていた貴族を、即興の詩をとなえながら決闘して、倒す。

  • 2幕:ロクサーヌに招かれ恋を打ち明けられるが、恋の相手は美男のクリスチャン。彼も彼女に惚れているが、口下手。シラノはクリスチャンに口舌を教える。

  • 3幕:夜、ロクサーヌ邸の露台下の闇。シラノがクリスチャンの代役で愛の言葉を告げる。彼女はうっとりとしてクリスチャンに接吻を許す。シラノは貧乏籤。横恋慕の伯爵が二人を戦場へ送る。

  • 4幕:戦場のシラノはクリスチャンに恋文を送らせる。それに引かれてロクサーヌが慰問に来る。クリスチャンは戦死する。

  • 5幕:15年後、尼僧院に籠もるロクサーヌのところへシラノが土曜日ごとにくる。材木で頭を負傷してもきた。戦場から貰った恋文をロクサーヌが初めて見せる。シラノが読む。日が暮れた闇の中ても読む。その口調……。あの甘い告白の主はシラノだった、とロクサーヌが気付く。シラノは死ぬ。

·         さて、この第5幕・・・「15年後、尼僧院に篭るロクサーヌのところへシラノが土曜日ごとに来る」とあるこの尼僧院のロケに使われたのがこフォンテニー修道院です。

この修道院の中庭のシラノが座っていたあたりを訪ねました。ここで、自分が愛していた相手は実はシラノだったと気付き「Je t’aime(I love you)」と叫ぶと、シラクが静かに

Tros tard(Too late!)」といって息を引取るのです。その最高のクライマックスがこの修道院で撮影されたのです。これだけでミーハーな僕はもう感動。1_8

✎この修道院は?

人里離れた森の中に建てられたシトー派の修道院。華美を誇る他のカトリックに反発し、質素を重んじ、装飾や彫刻の類を一切排除した修道院です。従って訪ねた建物も本当に「建物」でしかなく彫刻も絵画もなんにも無い空間でした。修行僧の宿泊場所なんぞ、僕らが見たときはもう床もなく泥剥き出しの地面でした。こんな空間で日々修行に明け暮れたらきっと素晴らしい覚りをえたことでしょう。キリスト教の一つの究極を示す意味でなる程の世界遺産でした。

2008年10月23日 (木)

番外編XIX:珠玉のレストランXVIII(Paul Bocuse)

番外編XIX:珠玉のレストランXVIIIPaul Bocuse

✎そろそろ

この人が僕のブログを見ることは120%ありませんが、もし見たら絶対怒ると思います。「どうして最初に俺を紹介しないで、よりによってロブションなんだ」と。この人とはもちろん、20世紀最高シェフとも言われる巨匠、ポール・ボキューズです。そろそろこのコーナも最後になるので、そろそろ紹介させていただきますね。

✎凄いPR精神

おそらくフランス人シェフで露出度が最も高いのは間違いなくこの人でしょう。ありとあらゆるところに写真が出ているのはいいとして、驚くのはその店。この人、パリにはいないのです。いるのはリオン。そう食の街リオンです。しかもかなり郊外。地図を頼りに車を飛ばすと、そうね20分ぐらいで見えてきます。まるで中華料理屋のような真っ赤な建物。駐車場に到着して2度びっくり。そう中華料理屋の壁に窓の絵がかかれていて、その窓の中には巨大なポール・ボキューズの微笑む姿が描かれています。歓迎してくれるのは、とっても嬉しいのですが、ここまでせんでも・・・。

驚きながら、席に通され座ると、そこにも。カトラリーを束ねている帯に小さなポールが印刷され微笑んでいるではありませんか?凄いPR精神です。知らないうちに脳波にポールが染み付いてしまいそう。

✎それは12

それは冬の旅行だったのでメニューはクリスマスメニュー。ところが頼みもしないのにメニューにない巨大なサーモン。3☆でもメニュー間違えるんだ・・と思いながら「これ注文していないんで」とサーブの方に言うと、にっこり微笑んで、「ムッシュー、それは突き出しでございます」と。こんな皿一杯の突き出しがあるかい・・と驚愕。でも確かにその後、メニュー通りの前菜が出ました。凄いサービス。さて珍しく15年位の年月を経てもメこの日のメニュー克明に覚えているので、今回は少し細かく書きますね。

✎出た~

先ず前菜:スープボールごとパイ生地で包まれて登場。中はとろとろのスープ。

1stプレート:大きなお皿を真っ二つに分け、淡い茶色のソースに魚、濃い茶色のソースにロブスターが盛り付けられてきました。どうやったらこんなに定規で区切ったように出来るのかねぇ。なんて話ながらペロリ。フランス料理はソースが命と納得せざるを得ない一品でした。

2ndプレート:出た~。これぞポール・ボキューズを世界に知らしめた鳩肉のパイ包み。ポール・ボキューズといったらパイ包みです。パイの少しさくさく系の食感を楽しみながら濃厚なお肉との調和を楽しませてもらいました。料理は「味と食感」ですね。

デザート:これは残念ながら覚えていません。すんません

✎これぞ3☆のサービス

さて食事の途中、なんと本人が各テーブルを回って挨拶を始めたではありませんが。写真と寸分違わぬ本人です。段々と僕らのテーブルに接近。いよいよ僕らのテーブルに来たとき、一瞬「こいつら言葉通じるんかい?」という表情の曇りを見せましたが、直ぐ満面の笑みでリカバリー。僕らもそれを察して、片言のフランス語で、ありとあらゆるほめ言葉の形容詞を並べて褒め称えました。

その時僕らはカメラのフィルムが尽きていた(デジカメの無い頃)ので、「写るんです」をテーブルの上においていたのですが、目敏くそれを見つけたシェフ。「一緒に写真とるかぃ?」と

聞いてくれたので、ミーハーな僕らは天にも昇る気分でお願いしました。するとサーブーの方を呼んだシェフ。「いいか、このボタンを押し続けているとこのランプが光るから、光ったらこのボタンを押すんだ」とシェフ自ら説明。手馴れたもんです。

✎出来上がり

いや、夢のような一時でした。満足に溢れまくってでパリに戻って、写真をすぐに現像して、ドキドキしながら出来上がりを見てみると、ポールのやつ、なんとちゃっかり家内の肩に手をかけているやんか?「な、なんてやっちゃ!!。」と、最後までお騒がせシェフですが、ここは本当に印象に残るお店でした。これぞまさに3☆のサービスです。

2008年10月19日 (日)

世界遺産じゃなくたってNo.2:Auxerre

世界遺産でなくたってNo.2:オーセール(Auxerre

✎お隣

旅行第十一日目で紹介したヴェズレーですが、この旅は世界遺産訪問だけでない旅でした。実はヴェズレーの宿は既に一杯(これだから思いつきの旅はダメですね)だった為、お隣街のオーセールに一泊。この旅では、白ワインで有名なChablisの畑も訪ねて、満足な旅でしたが、その一ページを切り取ってご紹介しますね。

✎世界初の

ヨンヌ川沿いから浮かび上がるように建っているのがサンテティエンヌ寺院。地球の歩き方によれば、このテテイィエンヌはステファヌスという男性の聖人の名前だそうで、ユダヤ教徒の告発で石打ちの刑で殺されたキリスト教最初の殉教者を祭る教会だそうです。13世紀から16世紀に建てられた聖堂だそう。

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✎非計画の勧め

この旅の目的は世界遺産ヴェズレー。で、初日の目的地は宿泊先のオーセール。ところが車の助手席でナビゲーターをしていた家内が、「あ、Chablisってここから近いんだ」と突然の発見に感動。で、愛車は急遽、突然高速を降りて一路Chablisへ。それから比較的短時間で、Chablisに到着。この写真の看板が見えてきた時は、感動と興奮を覚えたものです。「いざ、白Wineの聖地へ」とでもいう襟を正す思いでした。全く計画されたわけではない思いつきの副産物。これもフランスの旅の楽しみですね。

✎いざ聖地へ

ジブリー・シャンベルタン,ヌイ・サン・ジョルジュ、世界的な畑を訪問するといつも思うのですが、これら世界的な畑は想像以上に小さく、え、これだけという畑、ここで世界中に輸出されるあのスーパーワインの葡萄が生産されているというのがいかにも不釣合です。いつもそんな魔法を見ているような感覚に陥ります。Chablisの街中で小さなお店を訪ね、Parisから来た事を告げ、いくつか白ワインを選んでいると、「Parisからきた変にフランス語を喋るアジア人」を歓迎して、いわゆる地酒をボトルに詰めてサービスしてくれました。これが全然白ワインでなく、

梅酒のような濃厚な味で不思議な飲み物でした。地酒っていうのはそういうものなんでしょうね。

2008年10月17日 (金)

旅行第四十六日目:ポルトガル

旅行第四十六日目:リスボン

欧州の国々、色々訪れましたが、今日はその最果ての地、リスボンを訪ねます。突然ですが、僕は「一番XXX」というのが好きです。「パリで一番古い教会」、「世界で最も古い水道橋」って具合に。で、今回訪ねたのは、世界で一番の西の果て・・・そう、ユーラシア大陸最西端の地、ロカ岬です。イギリスにも最西端の地Land’s endという場所がありますが、ここはイギリスなんてもんではない、カムチャッカ半島あたりから始まる何千㌔も続く巨大ユーラシア大陸の西の果て、ロカ岬です。「ここに地果て、海始まる」という有名な台詞が刻み込まれた塔が建っています。この地に来ると、最西端の地、到達証明書なるものを売ってくれます。

それはそれは大感激。ところが、ここは世界遺産ではありません。まぁ塔がたっているだけですから。

✎世界遺産その1:ベレンの塔

リスボンの港にひっそりと建つ小さな塔。同じ塔でも、こちらは世界遺産なのです。どれだけ有難いかというと、Wikipediaによればこんな感じです。「ベレンの塔とはリスボンベレン地区にある塔であり世界遺産に登録されている。16世紀マヌエル1によってヴァスコ・ダ・ガマの世界一周の偉業を記念して作られたテージョ川の船の出入りを監視する目的の要塞である。建築様式はマヌエル様式である。」・・なる程、ヴァスコ・ダ・ガマとなれば世界遺産となるわけですか。46件も世界遺産をご紹介すると、段々ユネスコの考え方が分かってきたような気がします。漸く最後になって。

Photo

✎世界遺産その2:ペーナ宮殿

それはシントラにあります。シントラはどこかというとリスボンの傍です。シントラという小さな町の山の上にある宮殿です。ち、つまんない説明・・やはりWikipediaにすがります。

「ペーナ国立宮殿Palácio Nacional da Pena)は、ポルトガルシントラにある宮殿。19世紀ロマン主義を象徴する建築として有名である。現在、国の文化財となっているペーナ宮殿は、1836年に女王マリア2王配フェルナンド2により建てられた。十分な教育を受けた未来の王フェルナンド2世は、初めて山に登り旧フラデス・ヒエロニミタス修道院の廃墟を目にしたとき、すぐにシントラに一目惚れした。(旧修道院は、ジョアン2時代にディオゴ・ボイタクにより建てられた物が原型で、すぐにマヌエル1により、ジェロニモ修道会へ再び寄進し聖ペーナを讃えるという約束を実行するため岩山の上に修道院が再建された)。」との事。

この宮殿、御覧のように凄くカラフルで、到着した瞬間から、何かに似ているなぁと思っていたら、何のことはないディズニーランドのお城に似ていませんか?Photo_2

でもこの塔に登ってみると、遠くまで続く丘陵が見えて眺めは最高でしたね。ここから先に述べたロカ岬へと道が続くわけです。

2008年10月13日 (月)

旅行第四十五日目:バチカン

旅行第四十五日目:バチカン

✎今頃

旅行第45日目になって、バチカンはないだろう、オイ。とカトリックの方に怒られそうですが、ハイ、スイマセン、今になってしまいました。此処に来たのは2度目。息子にこの人類の偉大な遺産を見せたくて、ローマに来た際に立ち寄ってみた次第です。これで、子供に見せたいがために二度訪ねた場所は、ローマ、ボンドガール水道橋、ミラノ、挙げてみると一杯あるもんですね。これも一種の親馬鹿?。

✎17年前

思い出すのは、17年前にローマを訪ねた時、電車を乗り間違えて、結果ホテル到着が7:00。

「6:30迄に到着しなかったのでキャンセル済みです」と言われ呆然。どっか探せばいいわいと楽観的に構えていたのですが、この時ModeShowかなんかがあったせいでホテルは全て一杯。

日は暮れてくるし、不安になるし・・・。で、ありったけの小銭をカウンターに積み上げて「電話貸してください」と泣きついて、ミシュランを頼りに20箇所ぐらいかけたでしょうか。結局、色々あって最後はバチカンの直ぐ傍の「カージナル」というホテルに落ち着いたのですが、バチカンに来て見て17年前を思い出しました。

✎何かが起こる

17年の年月を経て今回。バチカンに徒歩で向っていたのですが、息子がトイレに行きたいというので、Caféに入り、出てきた時、偶々Caféの前のバス停からバチカン行きのバスが出ている事を知り、またそのバスが直ぐ来たのでそれに載って到着。バチカンは前回同様混んでいました。ただ混み方がちょっと違う。ん。どう違うんだろう?そう皆が同じ方向を見ている。その視線の先は・・・。な、な、な、な、なんと法王様が登場したのです。そう、最上階の窓からご挨拶をされ、手を振って声援にこたえておられました。どうも、ボランティアに旅立つ信者さんに「お言葉」を下さったようです。(あぁ、イタリア語が分かれば!)。このお言葉は30秒ぐらいか?バスで到着しなかったら、この機会にめぐり合えなかった訳で、そうなにかに導かれるようにこの場所に来たわけで、毎回バチカンでは何かが起こります。

法王の写真も夢中でとったのですが、こんなブログに載せるのも法王様とカトリックの皆様に申し訳ないので掲載はしません。とりあえず写真はありきたりですが、こんな感じで。

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2008年10月 9日 (木)

番外編XVIII:珠玉のレストランXVII(La Pyramide)

番外編:珠玉のレストラン:La Pyramide

✎迷い

このレストランはご紹介しようか迷ったんです。というのも、日本から態々訪ねる場所でもなし・・・ご紹介しても、「あ、そ」って感じかも、と。でも、フランス国内からアクセスしてくれている方も居られるので、いつか訪問してもらえる事を信じつつ、列車はローヌ・アルプスへ。

✎ところはヴァイエンヌ

ヴァイエンヌ、と聞いて「フランス地図の上のこの辺!」と指差せるあなたは相当な通です。フランス西、スイス国境近くを流れるローヌ川沿いの町です。そこにこのレストランはあります。

2005年のミシュランでは2☆のこのレストラン、「2☆のくせにPyramideって名前はないだろう、エジプトでもないのに。」と思いつつ店に到着にするといきなり納得。店の隣にはPyramideと呼べるような尖塔が建っています。これに因んでつけた名前なのでしょうね。ここはホテル&レストラン。従って宿泊客が、それ程気合いれた正装でもない格好で座っています。窓からは中庭が見え、すごくゆったりとした感じで食事ができます。こんな感じです。

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これがホテルのレストランの良いところでしょうね。ボルドーのBageというワインセラー経営のレストラン、ランスのクレイェール、いずれもその広々とした庭園で見る人の心を和ませてくれます。あ、ランスのレストラン、まだご紹介していなかったですよね、では次回。

✎食事は

2☆レストランなので兎も角美味しかった・・・のは、覚えています。只、この場所は、その夜、子供が突然「お腹痛い!」っと大騒ぎ(医者呼んで、深夜に薬局叩き起こしで大騒ぎ、尤も

薬呑んだらすぐスヤスヤでしたが)したので、その印象があまりに強烈過ぎて、結局、何を食べたかの印象はありません。只、小泉元首相ではありませんが「感動した」のを覚えています。今なら「何も言えねぇ」でしょうか。

ほら、書く内容がやっぱり薄っぺらですよね、だから、迷ったんですよ、書くの。

✎おまけ

で、おまけです。こういう窮した時は写真に逃げるが一番!。この写真はViennesを超えて遠く国境の町、あの水で有名なEvianに行ったときに遠くから眺めたモンブランです。これ見ただけでも結構幸せでした。Evianはいつか改めてご紹介しますね。Alps、いや~。綺麗です。

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2008年10月 5日 (日)

世界遺産じゃなくたってNo.1:Chantilly

世界遺産じゃなくたって:No.1Chantilly

✎新連載

世界遺産を40件以上ご紹介してきましたが、あと5件ぐらいで終わり、鉄棒でいえば最後の大車輪に入ったところです。世界遺産に絞ってご紹介してきた訳ですが、それ以外にも欧州には見所が一杯あります。これから数回は、「世界遺産じゃなくたって、素晴らしい場所」を合わせてご連絡してゆきます。その第一回目が、16世紀のルネッサンス様式の古城シャンティです。パリ北駅から北へ40分。堀に囲まれて浮かび上がる小さいお城は、そう「チャーミング」という形容がぴったり。

✎外観

先ずは外観。決して大きくはないのだけれど、お堀に囲まれたこのお城、堀の幅が広いので近くまでくると湖の上に浮かんでいるように見えるアングルもあって、とっても綺麗です。こんな感じ。

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ところがここの見所は、この城の持ち主だったコンデ公所有のコンデ博物館だそうです。(地球の歩き方)僕も思いましたが、とても小さい小さい美術館にラファエロとかボッティチェリとか僕でも名前を知っている巨匠たちの作品が展示されていてびっくり。つまり外観で感激しても、中の展示物があまり見所が無くて少しガッカリというお城もある中で、ここは思った以上に中身が充実しています。その意味でも訪ねる価値あり・・・です。

✎季節がよければ

Chantillyというと思い出すのが夏の花火大会。そう、夏至の頃には、毎年お城で花火大会があります。9時開始という記憶があって訪ねたのですが、これは勘違い。なぜならフランスでは夏至近くの日没は午後10時半ぐらい。9時はまだ日がカンカン照っています。サンドイッチに飲み物を手に陣取ったものの、1時間経っても始まらず。11時頃になってすっかり日が落ちた頃から始まった大花火大会。この年は、花火万国博とでも言わんばかりに、色々な国の花火が次から次に打ち上げられました。どれも素晴らしかったです。尤も国ごとの違い、個性はよく分かりませんでしたが・・・記憶ではスペインの花火が綺麗だったな。日本の花火は参加していなかったと思います。そう、欧州の夏の素晴らしいのはこうした花火大会が、そこ此処で開催されること。日本と同じで、夏はやっぱり「ビールと花火」なのです。

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