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2008年10月25日 (土)

旅行第四十七日目:フォントネー修道院

旅行第四十七日目:フォントネー修道院

✎鼻

突然ですが、役者は個性が勝負ですよね。フランス、ここに「鼻の大きさ」が強烈な印象を残す俳優さんが居ます。その名はジェラルド・デパルデュー。知る人ぞ知る「鉄仮面」とか「三銃士」

で有名な大柄で男臭い俳優さんです。この俳優さんの当たり役の映画に「シラノ・ドュ・ベルジュラック」という映画があります。

✎「シラノ」を「知らんの」?

シラノは1619年、パリ高等法院Le Parlement de Paris)に席をもつ弁護士アベル・ド・シラノ(Abel de Cyrano)の第四子として、パリのドゥ・ポルト街(rue Deux-Portes)(現在のデュッス-ブ街(rue Dussoubs)に生まれる。母はエスペランス・ベランジェ(Espérance Bellanger)。時はブルボン朝ルイ13の治下、三十年戦争時期にあたる。一つ追加すると、シラノは鼻が思いっきりでかかったそうで、その意味でもデパルデューは適任で、着け鼻も殆ど不要だったとか、とこれは余談。

このシラノは後世、以下のエドモン・ロスタンの以下の演劇で有名になったのです。

  • 1幕:鼻のシラノが劇場で貴族らに喧嘩を売り、芝居をぶち壊す。ひそかに恋する従妹ロクサーヌに言い寄っていた貴族を、即興の詩をとなえながら決闘して、倒す。

  • 2幕:ロクサーヌに招かれ恋を打ち明けられるが、恋の相手は美男のクリスチャン。彼も彼女に惚れているが、口下手。シラノはクリスチャンに口舌を教える。

  • 3幕:夜、ロクサーヌ邸の露台下の闇。シラノがクリスチャンの代役で愛の言葉を告げる。彼女はうっとりとしてクリスチャンに接吻を許す。シラノは貧乏籤。横恋慕の伯爵が二人を戦場へ送る。

  • 4幕:戦場のシラノはクリスチャンに恋文を送らせる。それに引かれてロクサーヌが慰問に来る。クリスチャンは戦死する。

  • 5幕:15年後、尼僧院に籠もるロクサーヌのところへシラノが土曜日ごとにくる。材木で頭を負傷してもきた。戦場から貰った恋文をロクサーヌが初めて見せる。シラノが読む。日が暮れた闇の中ても読む。その口調……。あの甘い告白の主はシラノだった、とロクサーヌが気付く。シラノは死ぬ。

·         さて、この第5幕・・・「15年後、尼僧院に篭るロクサーヌのところへシラノが土曜日ごとに来る」とあるこの尼僧院のロケに使われたのがこフォンテニー修道院です。

この修道院の中庭のシラノが座っていたあたりを訪ねました。ここで、自分が愛していた相手は実はシラノだったと気付き「Je t’aime(I love you)」と叫ぶと、シラクが静かに

Tros tard(Too late!)」といって息を引取るのです。その最高のクライマックスがこの修道院で撮影されたのです。これだけでミーハーな僕はもう感動。1_8

✎この修道院は?

人里離れた森の中に建てられたシトー派の修道院。華美を誇る他のカトリックに反発し、質素を重んじ、装飾や彫刻の類を一切排除した修道院です。従って訪ねた建物も本当に「建物」でしかなく彫刻も絵画もなんにも無い空間でした。修行僧の宿泊場所なんぞ、僕らが見たときはもう床もなく泥剥き出しの地面でした。こんな空間で日々修行に明け暮れたらきっと素晴らしい覚りをえたことでしょう。キリスト教の一つの究極を示す意味でなる程の世界遺産でした。

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コメント

ぽんたさん

風邪の具合は如何ですか?

シラノの舞台をご紹介してみました。

昔、首相の村山さんが「清貧」で人気が出ましたが、そのオリジンみたいな地味美学の修道院でしたよ。

>「Tros tard(Too late!)」

こう言って死んだのか・・・・
私的には違和感ですねえ、もちっと何とか言いようはないんでしょうか????

さてご心配ありがとうございます。
やっとすっきり風邪とお別れできたようです。
油断大敵、と心がけます。

地味美学は別として村山、嫌いなんです私。

おお、ぽんたさん お帰りなさい。お元気になってなによりです。

村山さん お気に召しませんでしたか?
僕は好きでも、嫌いでもありませんでしたが、サミットかなんかでイタリアいってスパゲッティ食べて、腹こわしたというニュースを聞いて、「だめだ、こりゃ」と思った事だけは覚えています。

そういえばフランス版村山がいて、リオネル・ジョスパンという首相がいて、この人も村山そっくりの清貧が売り物でした。この人が首相のときは、歴代貧乏大臣リストなどが話題になったものです。

予断でした。

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