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2008年12月

2008年12月28日 (日)

御礼

✎御礼

Patrimoine Mondialを御覧下さった皆さま、永らくどうも有難うございました。

会社から帰ってくると、かなり酔っている日でも夢遊病者のようにPCを取り出して、今日は誰が来てくれたのかなぁなんて確認するのが日課でした。

毎日のように訪問してくれる方、毎週来てくれる方、食べ物ネタだと書き込んでくれた方(^^)・・・皆さんに読んでもらえる事がいつか励みになって、一年続けてきました。そう1228日初めて記事をUpしてから今日で一年です。

コメントをくれた ぽんたさん、Mumbleさん、YJさん、Hunaudieresさん、Matsumiさん、SKIPさん、他アクセスしてくれた皆さん有難うございました。

✎再出発

「文章が長くて読むのが疲れる」という声もあったので、もっと短くブログっぽくしてみたいと思います。こういう反省などなど含めて、新しいブログを今日作りました。

http://ameblo.jp/burari-tabi-au-monde/というブログを始めましたので、出来ればまた訪ねてきてください。楽しみにしています。今まで世界遺産でないから載せられなかった訪問先とか、一寸気になったネタ等を気楽にご紹介したいと思っていますです。

それではまた、そちらでお目にかかりましょう。

2008年12月23日 (火)

旅行第五十日:パリ(セーヌ河岸)No.5・・・シャンデリゼ通り

旅行第五十日:パリ(セーヌ河岸)No.5・・・シャンデリゼ通り

✎いよいよ

最後です。考えてみたら世界遺産というテーマではじめた時から、精々50回ぐらいで終りかなぁとは思っていたのですが、折角だからとフランス人ネタを入れたり、ご希望によりレストランネタ等を織り交ぜたので、丁度1年、記事が丁度100件となりました。訪ねた遺産も実はまだアルルとか、シャルトル大聖堂とか、ラスコー洞窟とか色々あるのですが、何故か写真が残っていないのです。で、これは僕のこだわりなのですが、写真のないものはこのブログではご紹介せず、次のブログでエッセイ風に書いてみたいと思います。

✎もうすくクリスマス

あと数日でクリスマスですよね。本来神道か仏教国の筈の日本が節操無くキリストの誕生を祝うこのクリスマスは、横浜でも巨大なクリスマスツリーが飾られ、色々な色の豆電球でそれは綺麗に飾られます。そんな色とりどりのクリスマスに慣れていたので、欧州にいった時、妙な違和感がありました。それは、特にフランスでは、イルミネーションが単色なのです。例えばあの有名なジョルジュサンク通りのCartier。あの頃のイルミネーションは赤一色。でも返ってそれが新鮮というか単純な綺麗さがあるんですよね。尤もパリにいるからで、僕の家に白色豆電球ぶら下げても感動する人はいないでしょうが。あ、それで一箇所だけ例外。それは、オペラ座近くにあるデパート街。オペラ座(正確にはオペラ・ガルニエール)の裏通りには、パリで一番有名といっていいギャラリー・ラファイエットとかプランタンといった有名デパートが軒を並べますが、もしクリスマスにパリに行ったらここは夕刻足を運んでください。10mはあろうかというデパートの側面は、色とりどりの電球で彩られた光のキャンパス。言葉を失う程綺麗です。カメラを構えて出撃してください。それだけでもパリに来た幸せを感じられる筈。

✎で、最後はやっぱりこれ

世界遺産の最後は、凱旋門にしようかと思いましたが、あまりに有名なので、ちょっと捻ってクリスマスっぽい、これで〆ます。シャンデリゼ通りのイルミネーションです。この通りに行ったら、立ち寄ってみてほしいお店が2つ。Fouquet’sLadurée、シャンデリゼ通りのFouquet’sは中ほど少し凱旋門よりの門を背にして左手にある赤いひさしが目印のCafé&Restaurantです。別に食事がお勧めというのではなく、Caféで十分。只この窓側の席に陣取り街行く華やいだ人々を見ながらカプチーノを啜っていると、自分がその光景に溶け込んでしまい、一瞬、通りを歩くあの美しいパリジェンヌ達とあまりにも見た目が異なる超アジア人の自分を忘れ、その景色の一部になることが出来ます。この感覚が結構僕は好きでした。

で、Ladurée。友達の話では三越の方がパリに出向いて出店交渉をしたという、東京で日本橋とかに店舗を構えている今旬のこのマカロンの老舗は、シャンデリゼ通りにFouquet’sは逆に薄い緑の清楚なひさしを構えています。別に3☆レストランに行かずとも、ここでマカロン食べながら、紅茶を楽しめば立派なパリ探索です。お勧めは当然マカロン。先日友達からその日本のLaduréeのマカロンを戴きましたが、口の中でサクッとして直ぐ融けて行くような食感とクリームの程宵甘さが絶品です。お勧めです。

✎ではこの写真で〆ます。

単色装飾の極みはこれでしょうね。言葉は要らないでしょう。お楽しみください。今年からエコだとかで青い電飾豆電球に変わったそうですので、この淡い温かい色合いのシャンデリゼはもう見れなくなってしまうのでしょうか?それでは、このイルミネーションでお別れします。メリークリスマス。Photo

Jouyeux Noel!!

2008年12月13日 (土)

旅行第五十日目:パリ(セーヌ河岸)・・・No.4 モンマルトルの丘

旅行第五十日目:パリ(セーヌ河岸)・・・No.4 モンマルトルの丘

Last2:別にそんなに計画的に進めてきた訳ではないのですが、何と何とこの掲載が初回から数えて第99回目の記事となりますので、次回100回目で最後にしたいと思います。実に区切りのいい〆となりそうですね。昨年1228日に始めて約1年。世界遺産を軸に思いつくままの無駄話を交えてお伝えしてきましたが、いやいや本当に楽しかったです。帰りの電車の中で構想を練ったりして・・・老後の楽しみとしてはじめたブログですが、老いのスピードより速く進んでしまいました。まぁ、老いも順調に進んでいますが(^^)

✎モンマルトルの丘

おそらく、セーヌ河からは遠く離れた北のはずれ、パリで唯一の丘であるあのモンマルトルの丘の上に建てられたサクレクール寺院は、おそらく世界遺産の対象ではないのでしょうが、パリでは異彩を放っており、ちょっと脇道にそれてご紹介します。ビザンチン様式のサクレ・クール寺院は、その白亜の姿を太陽の下でまぶしく輝かせています。パリの街がロンドンと比べるとなんとなく明るい感じがするのは、この微妙な壁の色の違いによるのかと、モンマルトルの丘に登りながら頂上のこの白く輝く寺院をみるといつも思ったものです。この丘の上からは本当にパリの街が完璧に一望できて楽しいです。Photo_3

この寺院の傍には、テアトル広場という芸術広場があって、Caféの周りにならんだ露天のお店で芸術家の卵や、元卵たちが自身の作品を披露したりしていて、とても文学的な気分になります。高くないので小さな作品を1個ぐらい思い出に買ってかえるのもいいかも。例えばこんなの。Photo_4

その作家が後日大ブレークすれば、貴方は一躍億万長者です。「なんでも鑑定団」で威張る事が出来ますよ、きっと。この辺りにはいつもパントマイムとかもいて楽しいし、気分がとってもハイになります。尤も、このあたりで観光客の顔のスケッチをかいている画家さんに家内のスケッチを旅の記念にしてもらったら、どうみても、「北京の土産物屋で客引きしている中国人の女の子」にしかみえない出来栄えでちょっとガッカリしましたが。

✎跳ねウサギ

旅に少し慣れている方にお勧めの話。このサクレクール寺院の裏手に2分も下りてゆくと、小さな店の壁に大きなウサギの絵がかいてあるお店が見えてきます。これがラパン・アジール(跳ねウサギ)と呼ばれる有名なシャンソニエ(シャンソンが聴けるお店)です。月曜を除く夜9時(ちょっと遅い)から始まりますので、少し旅なれている人にお奨めしています。無名の頃のピカソやユトリロ(断じてパタリロではない!)が通っていたらしいシャンソン酒場なのですが、僕らがいった時、お客が一杯居るのに、定刻になってもシャンソン歌う歌い手さんが入ってこないので訝しく思っていたら、僕らの前に座っていた人が突然立ち上がって歌いだしたので、そこらに座っている人が皆歌い手さんだと分かり、その一体感に失笑したり、感動したりしたことを覚えています。グラスワイン一杯を手に目の前で軽快な、時々荘厳なシャンソンを聴けるこのお店、少し覚悟を持って行って来てくれたら嬉しいです。因みにこの寺院裏手にはパリで唯一の小さなぶどう園があり、ここの葡萄をつかってちゃんとワインを造っているとか。何かと楽しいこのあたりです。

2008年12月 4日 (木)

旅行第五十日目:パリ(セーヌ河岸)・・・No.3 ルーブル美術館

旅行第五十日目:セーヌ河岸No.3・・・ルーブル美術館

✎入れ知恵

あまりにも馴染みの深いこの美術館。もう説明する必要はないでしょうね。お役に立つ情報は・・・「折角パリに来たからルーブルは外せない。でも広いし、全部なんてとても、とても。」でも「モナリザ」はやっぱり。なんて執着が捨てきれない貴方への情報です。

1)     入り方:ルーブルへの入り口は2つ。真ん中のガラスのピラミッド(散々罵倒を浴びたけれど、エッフェル塔同様、今やパリのシンボル)で並んで券を買うルートと、地下にもぐって逆さピラミッド(丁度、ガラスのピラミッドの逆さ版)の脇のチケット売り場から買う事も出来ます。空いている方で券を買いましょう。この地下のショッピングモール、レストラン街を見て歩くのも好きでした。バージン・メガストアとか、SwatchとかAgataとかのショップもあるでよ。

Louvre

2)     見方:ルーブルには4つのWingがあります。これを全部真面目に見たら3日はかかるのではないかと思います。結局僕も全部は見ませんでした。で、お目当てのモナリザ・ミロのビーナスはDanon-Wing(ダノン翼)にあります。ここまでは有名。ところで、時間の無い観光客のために親切なミッテランは(?)あるヒントをくれています。まるでオリエンテーリングのように、角々に小さなモナリザとかミロのビーナスの小さなマークが目印のように壁に記されていて、これに沿ってゆくと最短距離でモナリザとミロのビーナスが見れるという有難い仕掛けが出来ています。所要時間30分。これは捨てがたい!

✎親も必死

僕の友達の話です。本人が読んでたら御免なさい。ロンドン時代の友人が帰国が決まり、急遽思い出作りでパリへ。オペラ座隣のCafé de la paix(直訳すれば平和喫茶店、あ、この店紹介し忘れた!!!)で待ち合わせをしてルーブルへ。8~9才のお嬢さんと2人で(奥さんと2人の下のお子さんをロンドンに置いて)一路ルーブルへ。曰く、「この子にどうしてもモナリザが見せたくて!」・・・とは言え8歳だし。でも親は必死。何とか子供の帰国の襞に「モナリザを見た」という事実をどうしても刻みつけたいようで、「○○ちゃん、さ、この絵はな~に。」「・・・」

これは「モナリザっていうダビンチの絵だよ」「さ、この絵な~に?」「・・・モナリザ」「そう、そうだね、モナリザだねぇ」・・・さぁ、この子はモナリザを覚えたでしょうか?

かく言う僕もエジプトのピラミッドを訪れたとき、「○○君、これがクフ王のピラミッド、で、この化粧版が頂上に残っているのがカフラ王のピラミッド、さぁ、言って御覧。クフ王、で

カフラ王・・・」・・・親なんてどこも一緒・・・ですね。

✎おまけ

この写真。エッフェル塔からとったセーヌ河の景色。あまりにも美しいのでオマケです。

Photo

2008年12月 3日 (水)

旅行第五十日目:パリ(セーヌ河岸)・・・No.2 ノートルダム寺院

旅行第五十日目:パリ(セーヌ河岸)・・・No.2 ノートルダム寺院

✎そして、これ

赤いベレー帽被って、カンバスを河沿いの石畳の上に建てて、絵心を誘う欧州独特の雲が流れる空をバックに油絵を描く。これが老後の夢です。流れる川はセーヌ河。そして描く対象は当然、ノートルダム寺院です。初めてパリに来た時、この寺院はなんか不思議な存在でしたね。正面に建つ2本の塔。Notre_dame_front_3

ところが側面から見ると全然違う形の建物。このアンバランスが不思議でした。そして寺院の周辺を取り囲むように、寺院から垂直に飛び出しているまるで日本の神社の狛犬のような像。この教会を守ろうとしているのでしょうか。宗教建築は古今東西考える事は一緒なんでしょうかね。そういえばパリで「出来なかった残念Top10」を挙げると、この塔に登れなかった事も含まれるかも。お恥ずかしい話、上がり方が分からなかったのです。ここからみたパリの街、綺麗だろうな。一方、中に入った時の、ステンドグラスの薔薇窓の美しさ。その後の10余年の欧州生活で、各国のセンスを競うような教会の薔薇窓は無数に見ましたし、大分慣れも出てきましたが、この寺院で見た薔薇窓が初めてだったので、この寺院の巨大な薔薇窓の美しさは桁外れでした。何かに取り付かれたようにシャッターを押し続けたのを覚えています。Notre_dame_2

✎周り

・食べ物の話1:さて、この教会の背後には小さな庭園がついているのですが、その庭園のはずれぐらいからCafé街が広がりますが、その角あたりのCaféのジェラートがめちゃくちゃ旨かったのを覚えています。

・食べ物の話2:このCaféから寺院に背中を向けて川沿いの通りAv. Oreleansを歩いてゆくと橋が見えてきます。この橋の反対側には、あのTour d’Argentが見えるのですが、その橋の手前の角にひっそりとあるのが、嘗てご紹介した、Paris No.1(の一つと僕が思っている)勇鮨があります。テーブル4つぐらいの小さなお店ですが、素材の良さはピカイチです。フレンチに飽きたら、ノートルダムを愛で、セーヌ河を散策して、この店で日本の美食の極みに酔いしれてみては。

名前

勇鮨

現地表記

ISAMI

住所

4,quaid Orleans

電話番号

01-40-46-06-97

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