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2009年4月

2009年4月23日 (木)

2009年No.26 Leeds Castle

2009No.26Leeds Castle

Castle not Chateau

これはイギリスのお城(Castle)です。フランスのChateauではありません。今まで城といえばChateauばっかりご紹介していましたが、どっこいイギリスも城で一杯。その一つを紹介します。ここは嘗てご紹介したフランスのアゼル・リドー城やシャンティ城と同様、池の上の浮かぶ城です。ロンドンから1時間ぐらい東に車を飛ばすと見えてきます。Leed_castle2

✍パンフレット

珍しくお城を訪問したときのパンフレットが出てきたので、その説明をそのまま写しますと:

「英国で最もロマンチックな古城の一つ。9世紀のサクソン王家の領地に建つこの城は、ノルマン人の要塞、中世イングランドの6人の女王の居城、ヘンリー八世の屋外スポーツ場兼宮殿、そして個人の邸宅と歴史の推移を辿ってきました。今日、心を込めて修復され、リーズ財団の管理下に置かれたこの由緒ある城は、中世の家具調度、絵画、タペスリー、金銀宝玉をおさめています・・・」だそうです。正面から白鳥や鴨が水面を泳ぐ池を横目に城を回りこむと入り口があります。写真のように良い季節にゆくと桜の花が咲き誇り、城と調和してなんともいえない映像を描き出します。Leed_castle1

✍中に入ると

パンフレットの記載の通り、内部の調度品はかなり力がこもっています。中身が空っぽだったシャンボール城とは違い、絵画やタペスリー、生花が飾られ眼も香りも楽しませてくれます。

✍違和感

このお城、違和感があるのは、そのお向かい。ゴルフコースが広がっているのです。お城の周りに池があり、狭い川のようになっている池の反対側にはゴルフ場。打ち込まれる心配はないまでも、なんか変。歴史あるお城の隣がゴルフ場?ゴルフコースを回っている人には、お城に向ってショットをする「快感!」があるのでしょうか。

兎も角、春のいい季節、桜の季節を狙ってこのお城に行く事をお勧めします。人工のお城と自然の桜が醸し出すハーモニーは必見です。

2009年4月19日 (日)

2009年 No.25 イギリス食事情7

2009 No.25 イギリス食事情

7

✍ものには限度

つらつらとイギリス食事情を書いてきました。あ、いや消して馬鹿にしている訳ではなく、自分の経験を書いたまでで・・・評価はお任せします。全体的なトーンは、「どうして味をつけないんだ、いや、味をつけないのはいいとして、ある筈の味を抜くんだ!!!@_@)」という事でした。

ところがところが、トンでもない例外があります。

✍それは菓子

菓子です。菓子は逆。とほうもなく甘いのです。例えば、ドーナツ。僕のしってるドーナツは、カスタードクリームか、白い甘さ控えめのクリームが入っているやつです。ところが、イギリスのドーナツは、食べると口の中に真っ赤なジャムが溢れ出すようなやつ。ジャムが甘すぎてドーナツの味が分からなくなるくらい。

✍わが友も

友達がイギリスに来た時に入ったインド料理屋。何とよぶ菓子か今となっては分かりませんが、食後に出たお菓子が、口の中がしびれるほど甘かったといっておりました。

何でこんな極端なんですかねぇ。

✍脱英

そんな訳で、僕が棲んでいたWimbledonの隣駅のSouthfield(だったかな)にあるフランス食材屋まで、態々パンやお菓子を買いにいったのを思い出しました。そういえば、当時在英の派遣では、週末ユーロトンネルを通ってフランスにゆきカレーのショッピングセンターで食材を買い出して戻ってくるのが流行っていました。

ではまた次回

2009年4月14日 (火)

2009年 No.24 PAU

2009 No24 Pau

✍お久し地味

久しぶりに地味な記事です。しかも「地味遺産」でもない地味街。でもいかにもフランス。そんな街です。ここはPau・・・ここまで来ると流石にご存知ない方も多いのでは。場所はフランスとスペインの国境、ピレネー山脈から程近い街です。なんでこんなところに来たかというと、素直に地球の歩き方に沿って訪ねてきたからです。パリからぐるりとフランスを2000kmほど運転して漸くたどり着きました。国境まであと50キロとか表示が見えてきた時は結構感動したものでした。山間の静かな町。見ものといえば、ナポレオンI世が造ったピレネー大通りとこのお城だけ。地球の歩き方2ページ分しかないちっぽけな街なのであります。Pauchateau

✍結構凄い

ここはでも実は凄い場所です。ブルボン王朝の創始者アンリ4世の生誕の地なのです。16世紀末に宗教戦争を治めて王位についたこの人がいなかったら、あのルイ14世も居らず、ベルサイユ宮殿も存在しなかった訳で。あのフランスの栄華は、このピレネーの片田舎から生まれたわけですね。

✍お隣さん

ポーのお隣さん。バイヨンヌ。今日は聞いたことがない地名が続出しますね。でもハム好きの人には有名な地名です。バイヨンヌの生ハム。これは絶品。フランスパンに挟んだだけで素晴らしいサンドイッチになりますよ。旨いパンと旨いハム。それだけでサンドイッチできちゃうんだから、フランスってずるいよね。バイヨンヌ・・・お暇だったググッて見てください。

今回、中身ないですね。書いててそうおもいますです。まぁ、そんな日もありますです。

2009年4月 3日 (金)

2009年 No.23 世界遺産No.53 ミラノ世界遺産

2009No.23:世界遺産No.53 ミラノ世界遺産

✍ドーモ

あ、どーも。・・・ってこれがやりたくて、取り上げたわけではありません。(親爺ギャグ全開)。

さて、ミラノにある世界遺産をご紹介する前に、ドーモをご紹介します。このドーモもあまりにも有名でもう紹介するまでもないですよね。Wikipediaによれば「都市の中心の同名のドゥオーモ広場に位置し、初期の聖母マリアに献納されているドゥオーモである。 ミラノのドゥオーモは500万人のカトリック信者がいる世界最大の教区であるミラノ大司教区を統括する首都大司教司教座聖堂であり、その大司教2002年からディオニジ・テッタマンツィ枢機卿が務めている」とのこと。細かい事はともかく、この細かい尖塔が無数にちりばめられたような堂々とした外観が特徴です。Photo_7

この道路向かいのアーケードには、あのPradaが大きなお店を出しています。ドーモにくるとプラダに行く。実際に買い物したかどうかは別として、どうも、「ドーモ=出費」というイメージがあります。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院

この修道院、というよりその食堂が世界遺産です。つまりこの食堂の壁には、かのダビンチの「最後の晩餐」が描かれているのです。2度目に訪問したときは、訪問には事前予約が必要とあって見れませんでしたが、今から20年ぐらい前に訪ねた時は、もっとおおらかで、フラッと中に入れました。僕らが行ったときは、丁度壁画が修復中でしたが、眼の前に、あの世界で最も有名な壁画が広がっていて、かえって実感わきませんでした。ちゃんとルールを守ってフラッシュなしで写真をとりましたので、映像は今一で且つ補修中の足場が写ってしまいましたが、まぁ御覧下さい。この後修復が済んで、大分綺麗になったのでしょうね。でも、僕らにはこれが「最後の晩餐」です。Photo_8

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