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2009年6月

2009年6月23日 (火)

2009年No.36 Scotney Castle

2009No.36 Scotney Castle

✍これぞ

コッツウォールズ、ウェールズ・・・様々な有名な場所がガイドブックを賑わせていますが、人知れずこんな場所もあります。これぞ旅の真骨頂。少なくとも地球の歩き方には載っていないここをご紹介します。確か、地元のなんかのパンフレットで見つけた場所です。

情報がほしくでググッて見たら結構ありました。その情報を総合すると、ここは14世紀に造られたそうで、且つ、イギリスの世界遺産などを管理しているナショナルトラスト(National Trust)がこの地をガイドブックに掲載している事を禁止しているそうで、だから地球の歩き方にも載っていないのですね。知る人ぞ知る「秘境」です。

✍場所

イギリス南のケント州にここはあります。色々なブログを探しましたが住所は分かりませんでしたが、そこがまた謎っぽいですよね。

入り口に入ると遠くに御伽噺のような小さな可愛いお城が見えてきます。そのお城だけではなくて、それを囲む自然の全てが芸術です。こんな感じです。イギリスに住んでいた頃、僕はこの写真を引き伸ばして額に入れて飾っていたものです。Scotney_castle_garden1

✍自然

その周りは自然、延々と自然です。花が咲き乱れ、だからこそ、その花々から垣間見えるお城が御伽噺みたいに綺麗なのです。小さな池が回りを囲み、その池には最近誰も乗ったことの無いであろう小さな舟が浮かんでいたりして。こんな小舟にのってお城を愛でながら時を過ごしてみたい気分になります。Scotney_castle_garden2

✍トリガー

こんな素晴らしい場所ですが、家内に写真を見せると、「あ。ここね」と素っ気ない。何故かというとこのお城訪問の後、子供が突然高熱を出したのです。さっきまで楽しそうに歌を歌ったり、はしゃぎまわって周りの大人の関心をかいまくっていたのが突然、静かになったので、心配したら熱が出てきて・・・慌てて帰宅した事は言うまでもありません(直ぐ復活しましたが)。これが思い出のトリガーとなっています。従ってこの大自然の箱庭のようなこの地は、我が家には今でもチクッと痛い体験なのです。

2009年6月14日 (日)

2009年 No.35 Stratford upon Avon

2009No.35 Stratford upon Avon

✍どこ?

この地名だけ聞いて分かる人は相当なイギリス派?それとも文学党?次のヒントは「To be or not to be」・・・・・・・これはハムレットの台詞。そう、この地は、そのシェークスピア生誕の地なのです。ここには、シェークスピアの生家や、晩年を過ごした家、New Placeなどがあります。まぁ、それが目玉の街です。イギリス中部にあるこの街は年間500,000人が観光で訪れるそうです。僕らはその中の3人です。街は観光地ではありますが、賑わいの中にもしっとりとした静かさが漂っていて、街としてはこじんまりしていて素敵ですね。

さて、話を始めます。

✍宿

節約してBBに宿泊。ところが、部屋が一杯だったのか、「皆さんのお部屋は離れになります。」といって連れて行かれたのが2階建ての庭付き一戸建て。業務拡大で後から買ったのでしょうか、全くホテルらしくない場所でしたが、庭には花が咲き乱れ、他にお客さんもいないので、ゆっくり滞在期間を過ごす事ができました。イギリスの田舎ではこんなこともあるのですね、

✍生家

サイズは普通かな。このあたりは御覧の様に、木で枠取りをしたような家々が多いのですが、ここはその中の一軒。看板が立っていなければ見逃してしまいそうな普通の家です。「ウイリアム・シェークスピア1564423日誕生、1616423日没」という緑の看板を見つけて、

「あぁ、ここだ、ここだ」と安心したわけで。あれ、そういえば誕生日と命日が同じ日なのですよね。生家のサイズは、本人ではなくて親の所得に比例するのかもしれませんが、町並みの中の普通のサイズの家です。中にはいっても、机とか、本棚とか本人の縁のものが色々飾ってあります。部屋の中もかなり薄暗く、かなり地味な感じがありますが、そこがまた質実剛健の英人文豪家のイメージにはぴったり。Photo_2

New Place

僕はレオナルド・ダ・ビンチの没した家もフランス・ロアールで訪ねましたが、ダビンチの家同様、このシェークスピアの没した家も、あの世界的に有名な作家の家としては、地味です。New_place_2

この家で感動したのは寧ろお庭。かなり広い面積の庭園には、凄く多様な種類の花々が所狭しと植えられていて、眼を奪います。引退したシェークスピアはこの地で庭の花々を奥様と愛でながら過ごしたのでしょうかねぇ。そんな静かな晩年もいいなぁ・・・など、自分の老後の重ね合わせたりしました。僕も老後は、少し庭をガーデンニングを趣味とし、庭をBritish_Garden風に改造したいと思っていますが、「実はこのNew Placeの庭園を見た時、心に稲妻が走り、老後には自分で庭をつくろうとこころに決めたのです。」

なんて言えると格好いいのでしょうが、趣味のオリジンなんてそんなはっきりしません。只、庭を作るなら、やはり英国風だろうねぇと今でも思っていますが。

街全体がシェクスピアを愛し、観光客と一体になって街を運営しているようなこの街、シェクスピアのさぞかし喜んでいることでしょう。

2009年6月 7日 (日)

2009年 No.34 イギリス食事情10

2009 No.34 イギリス食事情

10

✍キーワード

何度かふれていますが、改めて書いておきます。キーワードは「脱日常」

あるパブに行った時のこと。店の外には溢れんばかりの英人。で、その英人の壁を縫って自分も注文に行くと・・店の中には誰もおらず、テーブル席はガラガラ。つまりどんなに店の中が空いていても、彼らは人に溢れる店の外に出て、押し合いへしあいをしながら飲むのが好きなんですね。そこはまるで昔のディスコ。どなりあうような、相当大きな声で話さないと聞こえません。外国語のヒアリングをやっている僕ら外人に、これは辛い。何でこんなに群れる?それが脱日常。誰かの記事にこうかいてありました。日本に比べて人口が溢れていないイギリス(特に郊外)では、仕事が終わった後、ひたすら集まってわざと高い人口密度を造り、脱日常空間を作ったうえで、そこでFootballを見ながら吼えるのでしょう。一方、日本は日々満員電車に揺られて、今さら高人口密度を作る必要もないので、居酒屋でも個室を探し、休暇は人のいない田舎で温泉につかるのでしょう。これも脱日常。

✍食事は

しないです。英人は飲む時は。それを知らなかった赴任当時、「すいません、食べるものは何がありますか?」と聞く僕に、凄く変な顔をしたお店の人「食べるもの?ピーナッツとか?」そうなんです。夜のパブでは、人は食べない。彼らはそこでは食べず、只飲み、只語る。で、2次会で食べるそうです。例えば、パブで騒いで、その後カレー屋に繰り出す。日本人のラーメン屋みたいな位置づけか。

一方、母ちゃんが怖い亭主は1次会で帰宅。

そんな訳で僕は、会社のそばにあるBalls&Brothersというワインバーによく通っていましたね。ここはソーセージ程度ですが、食べるものがあったので。懐かしいですね、今となっては。

2009年6月 2日 (火)

2009年 No.33 ブライトン

2009No.33 ブライトン

✍もう一つ

あります。それはブライトン。海辺の町です。まぁ、ドーバに面した街は色々ありますが、ここはこんなPierがあって、これが売りです。Brigtonpalace_pier PierPierでも、これなんか遊園地。遊園地となると子供が集まり、親が集まり、そして若人が集い、そこが有名観光地となる訳で、なんかそんなメカニズムが見えるようなこのPierでした。夜になると、この遊園地の乗り物にネオンがともりとても綺麗です。

✍ちと違う

正確に覚えていませんが、僕らがここをおとずれたのは、確か5月ぐらいか?とにかくいい天気で、夏を思わせる気候でした。一般的に欧州の人は、太陽光に飢えていて、5月でもパリ郊外のブーローニュの森でも、太陽がでて少し温かいと突然みんな水着になって芝生の上に転がります。老いも若きも・・・

いや「老い」が多いかも。出来ればそこに転がっていてほしくなかった「老い」が多数転がっています。ある人はその光景を称して「公害」といっていました。僕ではありません。

それはまるで海からあがったセイウチのような・・・あ。いや失礼。

でも時々凄く若い高校生あたりが、中には混ざっていてそれはそれで楽し。

このブライトンも同様でした。皆転がっています。但し、違うのは、ブーローニュの森でもパリや郊外の芝生の上では態々用意した水着に着替えた女性達が日向ぼっこをしているのですが、ブライトンでは、水着ではなく下着でした(たまたま?)。つまりT-Shirtなどを脱いだままで転がっているのです。いくら海辺とはいえ、ちょっと違和感ありましたね。これもドーバーの向こうとこっちの大きな差か?

✍趣味?融和

ところで、このブライトンにはGeorgeIVが建てたというとても有名な離宮があります。いや、イギリスで王様が海辺に離宮を建てても不思議ではないのですが問題はその形です。

見てください。このイスラム系の建物。Brigton イギリス王室がなぜ?と思いませんか? で、中に入ると2度びっくり。このイスラム系の建物の中には、超中華風の装飾と家具が・・・そこらじゅうに中華マーク(ラーメン丼の周りの卍模様の組み合わせみたいなあれです)の掘り込まれた壁やら家具やら。

ここはどこ?と思わざるをえない場所でした。GeorgeIVって、文化の融和を目指した物凄く懐の広い人だったのか、それとも単なる珍しいもの好きの変わった人だったのか、今となっては分かりませんし、調べる気も正直おこらないですが・・・ただ、この印象だけはあまりにも、あまりにも強烈に残っておりますです。

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