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2009年9月

2009年9月27日 (日)

2009年 No.50 世界遺産第No.56 ウェストミンスター寺院

2009 No.50 世界遺産第No.56 ウェストミンスター寺院

✍いまさら

いやぁ、棚卸しって大事ですよね。もう19ヶ月世界遺産の記事書いてきたのですが、もぉ無いだろうって思って過去の一覧表整理していたら、何と何と6年も過ごしたお膝元のロンドンの遺産をご紹介しもれていました。最近、ロンドンからアクセスが多く、ロンドンの方には「今更」っていうネタ(記事)ですが、まぁ、お付き合いくださいませ。

✍で

お客さんが来るたび案内したウェストミンスター寺院。でも詳しくは以下Wikipediaから:

「聖ペテロ修道教会で、戴冠式などの王室行事が行われている」事はご存知の方も多いはず。

「内部の壁と床には歴代の王や女王、政治家などが多数埋葬されている」のはガイドブックで分かっていましたが実際にはよく分かりませんでした。いつもお客さんつれて短時間の訪問だったもので。これから来られる方は是非、ゆっくり味わってください。続けます。「イギリス中世の大規模なゴシック建築」です。滅茶苦茶写り悪いけどこんな感じです。

Photo_5

11世紀にエドワード懺悔王(いろんな王がいるものです)が建設し、1066年以降、英国国王の戴冠式が行われている」そうで立派な世界遺産ではあります。

✍+

これと対をなすのがウェストミンスター宮殿、つまりビッグベンのある国会議事堂だそうで、この辺りはお恥ずかしい話この記事書くまでよく知りませんでした。誰かが、「ビックベンの時計の示す時刻が狂ったら大英帝国は滅びると言ったとか、言わないとか」。今も刻々イギリスの時を刻んでいます。少なくとも僕の時計とは時間はあっていました。あの時は。Photo_6

2009年9月22日 (火)

2009年 No.49 無駄話・こぼれ話5

2009 No.49 無駄話・こぼれ話

5

日本は5連休(シルバーウイークと呼びます:「年寄週間」ではありません)ですので、久しぶりに頻繁に記事をUpしています)

✍イギリス食

食事情では、イギリス食事情を色々面白おかしく書いてきましたので(かなり本音!?)が、

最近、イギリスからのアクセスも多く、ご参考になればと、今日は正統派Britishをご紹介しましょう。尤も、イギリスに住んでいる方に紹介するまでもない程有名なお店ですが。Wiltons2_2

Dover Sole

前にも書きましたが、イギリスの名物は、’Fish&Chip’s’Roasted Beefs’とそしてこの’Dover Sole’です。2003年迄の滞在経験でいえば、Dover Soleといえば、Whileer’sと今日ご紹介するこのWiltonsです。因みにWhileer’sは過去会社で欧州会議があった時、フランスとスペインの同僚を呼びDover Soleを振舞った事がありますが、美食の国からきたこの両名に絶賛されたのを覚えています。さて、今日紹介するのはWiltons。場所はPiccadilly Circusから近くの三越の道路向かいであるJermyn Street55番地(020-7629-9955)。分かりやすい所にあります(尤も1度迷ってたどり着けませんでしたが)。御覧の海老ちゃんが帽子被ったマークがお店を飾っているのですぐにわかります。(写真の上をクリックすると写真が大きくなりますよ、多分)Wilton_2

1742

1742年から続いている老舗です。店に入った時、その重々しさと食事をしているお客さんの高貴な感じに圧倒されて、店内の写真はとれませんでした。すいません。只、我々の舌はしっかりと記憶しています。このDover Sole(舌平目)は、焼いただけの舌平目にレモンをかけただけのような単純な料理ですが、旨かったですよ。イギリスに居られる「僕から見ると羨まし~い」皆さま。どうか本格Britishを楽しんでみてください。

2009年9月20日 (日)

2009年No.48 Les Andelys

2009No.48 Les Andelys

150回掲載記念・・・・19ヶ月続けて漸く150回。「9年連続200本安打のイチローは凄いです」って関係ないか。

✍エンジン

モネの家を載せたので、エンジンかかってきてフランスの「秘境?」を一つご紹介します(見方によってはネタが尽きてきたとも言われる)。ここは2度目の赴任の最後迄存在を知らなかった場所です。でも誰かに言われたんです。「セーヌ河を上から見えるよ」って。

✍その

場所は、モネの家のあるGivernyから約50KMのところ。セーヌ河が最も大きく蛇行するところ、そしてそれを上から見下ろせる場所・・それがこのLes Andelys(レ・ザンドリー)。セーヌ河の景観を語る時、良く語られる景勝地だそうです。その映像がこれ。Les_angelys_2

✍そこに

ある高台に聳えるのは、リチャード獅子王(十字軍で名を馳せた人だそう・・世界史ちゃんとやっとけばよかった)にゆかりのあるガイヤール城。「当時、ノルマンジー公を兼ねていたイングランド王がフランス軍から首都ルーアンを守るために造った要塞がここにあった。」そうです。「その要塞は1年でその使命を追え、アンリ4世の時代に破壊され、今もそのままこの姿を晒している。」まさに「つわものどもが夢のあと」。なんとも不思議な空間です。今は中身のないこの廃墟。中にも入れます。ここならの眺めは本当に素晴らしいです。パリからちょっとドライブして、モネの家まできたら是非、この地でフランス文化の動脈セーヌ河を『上から』味わってみませんか?2_2

2009年9月18日 (金)

2009年 No.47モネの家

2009 No.47モネの家

Home

New Yorkで盛り上がったのですが、AwayNYからHomeのフランスに今日は戻ります。

世界遺産に囚われていたので、当然もっと早くお伝えすべき観光地を忘れていました。ここは凄いです。それがモネの家。パリの旅行会社(オペラ近辺にあるCityrama,,ミュとか)だとモネの家ツアーあります。 パリの西、ノルマンティに向ってひた走って1時間余。小さな川沿いにそれはあります。でも、「モネの家(勿論フランス語で)」と描いた小さな入り口があるだけで壁で囲われた一見狭いスペース。でも中に入ってみると、そこがモネワールド。

✍何故

僕はモネの家に来たのです。フランスの。なのに何故?モネの家に入ると壁に飾られる一面の日本画。それは北斎、広重。そうなんです、モネは物凄い日本画ファン。相当なスペースが割かれています。僕ら日本人よりフランス人が感動の声を上げています。それも楽し。

ここは食堂とか書斎とかがそのまま保存されていて一見の価値ありです。

✍出ると

出ると庭です。広いです。一面の花壇。決して自分を主張しない、でも癒される。そんな感じの花が延々と続いています。これだけでも見る価値あり。この花壇の端に小さな、本当に小さな階段があって、その階段を下りると道路を地下道で横切り、上がると、「あっ」。

✍ごれが

これがあの睡蓮の庭。当たり前だけどあの絵そっくりの庭が広がります。こんな感じ。Photo

いい季節にくると本当に綺麗です。睡蓮の花は7月らしいです。僕はドンピシャの季節にはいけませんでしたが。Photo_2

✍で

この庭を見たらパリの「オランジェリ美術館」「マルモッタン美術館」に行きましょう。あの庭の感動がそのまま描かれています。特にオランジェリー。2006年にRenovationした新美術館。採光が工夫されていて自然の光に照らされて、あの睡蓮の池が壁一杯に描かれています。

2009年9月14日 (月)

2009年No.46 無駄話・こぼれ話4

2009No.46 無駄話・こぼれ話

4

✍英米食比較論

・・・なんて派手な「つかみ」のタイトルではじめましたが、何のことはないイギリスで食べた「イギリス代表食」とNew Yorkで食べた「アメリカ代表食」をご紹介したいだけです。

Fish&ChipsThe England

イギリスといえばFish&Chipsでしょう。今回の出張ではCityにあるFinsbury Squareという所にあるPubでのPub飯で食べてみました。前回の出張で英人が食べていたFishは皿から溢れる40㌢はあろうかという魚でしたが、今回のFishはこんな感じ。Fishchips_2

つつましいサイズでしたが、魚が大味でなく旨かったです。英人は魚だけでなくその周りにあるChipsも完全に平らげてしまうんですね。結局6年の赴任期間中、有名なFishChipsの惜しいお店にいかなかった事が悔やまれます。僕がイギリスにいたその時期は、狂牛病の真っ最中だったので、名物のローストビーフはやなり何となく手が出ず、結局Fish&Chipsとドーバーソールばかり食べてましたね。ドーバーソールは次回ご紹介します。

SteakThe America

所変わってここはNYK。マンハッタンの中の日本の居酒屋街の外れにあるSteak_House。在NYKの知人に連れてきてもらったこのレストラン。運ばれたきたのがこれ。ポテトが多すぎて肉が見えん。これが僕が知っているアメリカのステーキです。「おりゃ、ドカン」って感じでポテトが盛られ皿から溢れている感じ。これです。この活力、これこそアメリカです。

Photo_2

2009年9月10日 (木)

2009年No.45 New Yorkの街並み

2009No.45 New Yorkの街並み

✍続けます

皆さんは良くご存知なのかもしれませんが、僕は改めて納得したのはNYKの街並みの構成。

今回のホテルも、NYKに住んでいる人に住所を見せたら、即座に「あぁ、あの辺りね」と答えるので不思議に思ってのですが、NYKAvenueStreetの組み合わせ。「6Ave50Street」といえば、ある程度頭に地図がある人ならば、「あぁあの辺りね・・。」となる訳です。納得。LondonParisではありえない。あえて言えば京都かな。

✍目の前に

今回は皆さんのブログのように短いコメントで。

先ずWall街。若い頃、ハドソン河岸のCaféから目の前に聳え立つWall街を見て「いつかはこの街で働きたい」と思いましたが、その夢は結局叶わず、欧州人生となってしまいましたが、僕は今は完全に欧州ファンです。只このエネルギー溢れるNYKに棲んでいたらこの街のとりこになっていたかも。さて、映画の舞台となっている景色が目の前に現れた時、例外なく僕は大感激して、カメラ小僧となるのです。この金キラキンの像こそ、そうロックフェラーセンターの象徴です。

051_2

✍食

で、食。これは革命でした。27年前に来たアメリカは、ステーキといえば例外なく「大きく・硬く・焦げている」ものでしたが、今回来たこの店は完全に別物でした。その名も‘Ted’s Montana Grills’(住所:110W.51St StreetTel 212-245-5220)。油が少ないHealthyメニューといってすすめられたのがバッファローステーキ。これです。これがまたお肉がジューシーで柔らかく、それは丁度、僕が人生最高と思っているミラノで食べたステーキを彷彿とさせる代物でした。アメリカ・・・研究すれば奥深そうです。093_2

2009年9月 4日 (金)

2009年No.44 世界遺産No.55 自由の女神

2009No.44 世界遺産No.55 自由の女神

✍薀蓄

永らくのご無沙汰です。事前通知をするまもなく、先週からロンドン-ニューヨーク出張にいって来ました。駆け足の旅でしたが、世界遺産をゲットしてきました。それがStatue of Liberty 自由の女神です。ここでちょっと薀蓄。自由の女神の発祥がフランスであることはご存知ですか?もともとはパリのリュクサンブルグ公園に建てられていたのがこの女神像。自由といえばフランス革命が‘ご先祖様’。アメリカ独立を祝ってフランスがアメリカに贈ったのがあのマンハッタンに聳え立つ自由の女神です。フランスでパーツを構築してそれを船で運び、それをアメリカで組み立てたのですが、マンハッタンの風に耐える強度を如何に保つか?この悩みを解決したのが、何と何ととパリの象徴、あのエッフェル塔を建築したエッフェル氏なのです。銅像の鉄骨の骨組みを彼が担当したわけで・・・フランスと関係深いですよね。そんでもってその返礼に贈られたのが僕が棲んでいたパリ16区の「白鳥の散歩道」に飾られている「自由の女神」です。ある時、ロンドンからパリに休暇で遊びにいったとき懐かしくなって白鳥の散歩道を訪ねたら、女神がいないのです。台座だけ残して・・・。「ちょっとお散歩」にいっている訳ではなく、その時女神像は1Km離れた「日本のお台場」に飾られていたそう(日仏文化交流年とかで)で、一時帰国したときお台場で「ご対面」しました・・・なんて話はどうでもいいですね。

✍本題

自由の女神はマンハッタン南のハドソン川内の島に飾られており、最寄駅まで地下鉄でいってそこからフェリーで島に向います。最初に乗った電車が途中で止まってしまい、迷いに迷いながら漸く辿りついたのが午前9時過ぎ。ひどい時には2時間位ならぶそうですが、日曜日の割りに行列は思いのほか短く20分ぐらいで船に乗れました。フェリーの乗船時間は5分も無いのではないでしょうか?「橋かけちゃえばいいのに」・・・などと悪態をつきながら島到着を待ちます。最近僕は「雨男」から「晴れ男」に変貌を遂げたらしく、船が島に着く頃から日差しがさしはじめ、おあつらえ向きの青空の下で女神を見上げる事となりました。これがそれです。9w_clouds_8

911の悲劇以来禁止されていたのですが、今年6月から女神頭部迄再び登る事が許可されました。只、今は予約が一杯らしく登っても台座迄。しかも今エレベータ修理中とかで150段ぐらい皆汗かきながら登っていましたがこの行列は半端ないので断念。まぁエッフェル塔・モナリザ同様先進国の人ならば誰でも知っている「自由の女神」にかくしてご対面したわけです。女神は遠くを見つめる目で21世紀の人々の幸せを祈っているようでした。次回もNYKの記事を載せますね。

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