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2009年10月

2009年10月28日 (水)

2009年No.56 ミュンヘン(Munchen)

2009No.56 ミュンヘン(Munchen

✍いつも

フランスからちょっと東へ足を運んで、今日はミュンヘンへ。Photo_2 さて、10年以上海外にいて、いつもやっている事があります。それは高い塔があればのぼり、仕掛け時計があったらとにかく見に行く。・・・という事です。

✍で、塔

塔といったらエッフェル塔、そしてバルセロナのコロンブスの塔。それからサグラダ・ファミリア、はたまたウィーンのシュテファン大聖堂。何故塔に登るの?「そこに塔があるからさ」ってな訳で。振り返るとこの塔コレクターの最初のきっかけは地元横浜のマリンタワーでしょうか?

✍それから時計

仕掛け時計といえばチェコの天体時計。そしてこのミュンヘンの仕掛け時計です。Wikipediaによれば「マリエン広場にある新市庁舎にあるのが仕掛け時計は、ドイツ最大の仕掛け時計。11時と12時(夏季17時)にはほぼ人間の大きさの人形32体と鐘で結婚式を再現している。」とか。その日11時迄待って漸く現れた人形達・・・それで満足していたのであれが結婚式を現したものだとは全然分かりませんでした。Photo

✍食は

ソーセージでしょう、ここは。白いソーセージをここで食べました。初めて見た「バイスブルスト」という白いソーセージ。ミュンヘンの名物だそうです。ぷるんと皮をむくと柔らかいソーセージが現れます。ソーセージは好きですが、イギリスで謎のソーセージを散々ぱら食べさせられて少しウンザリしていたので、その最中に出会ったこのソーセージは「奇跡の味覚」でした、僕にとっては。そういえばパリにいたとき、オペラ通りから少し奥まった場所にあるミュンヘン料理屋に会社のメンバーとよく行ったなぁ。そこで大量なソーセージの盛り合わせとザワークラフト(酢キャベツ)。いやいや、ドイツのソーセージは最高です。

2009年10月24日 (土)

2009年No.55 無駄話・こぼれ話7

2009No.55 無駄話・こぼれ話

7

✍パリカラオケ事情

世界遺産ブログとして始めたこのブログですが、だんだん色んな事を書き始めて今日は、世界遺産とこれっぽっちも関係ないカラオケの話です。あ、いやあと100年すると日本の文化「カラオケ」も文化遺産になるかも。無形文化財?

もう3年になるのでパリは激変しているかもしれませんが、このブログは僕の思い出を綴ったものですので、呆れずに読んでください。

✍オペラ界隈

オペラ界隈にはあの頃は3軒カラオケ屋がありました。東銀通りの愛称で馴染みある(無いか?)サンタンヌ通り界隈には20軒を超える日本食屋がありますが、その中の1件、オペラ通りから少し入ったところに「料理天国 遊」という日本食屋がありますが、ここの地下が日本人向けクラブ兼カラオケ屋さんです。この通りの奥にもう1軒ありました・・・名前は・・・忘れました。

ここから程近いリシュリュー通りにも「蘭丸」というお店があります。この近くの派遣日本人がかなりたくさん通っております。

✍スター

ある時、仕事の憂さ晴らしでTubeかなんかの歌を歌っていた時のことです。この日、多分「日本からツアーかなんかでパリに来て夜の自由時間に言葉の通じないお店で過ごすのはいやだけど、ホテルでじーとしてるのもつまらないから遊びにきていた」(と勝手に判断したのですが)若い大学生ぐらいの女性達が10人ぐらいいたのですが、なんか知らないけれど妙に僕の歌がウケて、大喝采となりました。黄色い声援の嵐(^^;)、まぁ10人ぐらいの喝采でも何とも気持ちのいいものですねぇ。10人の喝采でもこれだけ嬉しいのですから、東京ドームとか日本武道館で歌う歌い手さんはさぞかし嬉しいでしょうねぇ・・なんて事を考えたりしながら歌っていました。もっとも彼らはお金を貰って歌っているのに僕はお金を払って歌っているんですよね、よく考えると。

✍で

この「遊」の企画で「会社対抗歌合戦」がありました。3人一組で歌ってお店関係者他が審査するのですが、今までの膨大は投資額を勘案してか、「審査員特別賞」を貰いました。その時貰ったスポンサーの某家庭電器の会社の商品の髭剃り器を暫くつかっていましたねぇ。

✍そういえば

フランス人の団体が来た事がありました。日仏文化比較。日本人は仲間の誰かがステージで歌うとテーブルで聞いている(フリをしながら)自分の次の歌を探しているものですが、フランス人は違いました。一人がステージで歌う時は、全員ステージに上がってきて、歌っている人の周りを輪になって踊るのです。ツンとしているように見えるフランス人もこういう時は「ラテン気質全開」です。

どうでもいいことですね。すいません。また次回は見所紹介に戻りますね。

2009年10月21日 (水)

2009年No.54 Bourgogne(ブルゴーニュ)

✍もうすぐ

Boujoulais Nouveauの季節が来ますねぇ。なんか前回、サンマロとは何にも関係ないウサギの話で盛り上がったので、調子にのってWineの話を載せます。ウサギといったらWineでしょう(違うか?)

あれはイースタだったかなぁ。知り合いと一緒にブルゴーニュへ。ワイン愛好家の案内でブルゴーニュのワイン街道へ。フランスで生活していたのは僕なのですが、その友達のほうがよっぽど溶け込んでました。昔来たというワインセラーを訪ね、再会を喜ぶ友。さて彼のNavigationで訪ねたのがここ。・・・少しWineを知っている人なら誰もが(?)知っているGivery Chambertinの畑です。Wineに詳しい訳ではないのですが、あの世界的に有名なWineが、世界のあらゆる場所で買う事が出来るワインが、こんなに狭い面積の畑で作られているのか!と思うとなんか不思議な感じがします。小さなシャトーがあり、その周りに決して広いとはいえない畑が広がっています。こんな感じ。Givery_chambertin1 でもなんかほのぼのしていていいですね。このシャトーにはお婆ちゃんの売り子さんがいて、なんかとてもにこやかにでも誇らしげにGiveryを売っていました。

かの有名なロマネ・コンチの畑は、更に狭く・・・これなら確かに貴重。1100万円も納得・・・です。

✍さらに

あのMontrachetを訪ねました。Puligny-Montrachet,Chassagne-Montrachetなどを生み出すあのMontrachetです。僕は白ワインはあまり好きではないのですが、Montrachetは好きです。旨く表現できないのですが、木の香りというか、ニスっぽい香りというか・・・その香りと味がたまりません。で、お勧めしたいのが、その街中にあるホテル。その名も、まんまの‘Le Montrachet’!畑の名前そのままのホテルです。ここです。Le_montrachet

でもそれ程お高くなく、かつ立地がとてもいいので徒歩で周りのCave(ワインセラー)を訪ねられます。試飲とかも出来るし・・・・楽しいですよ。是非お尋ねあれ。

2009No.54 Bourgogne(ブルゴーニュ)

2009年10月16日 (金)

2009年No.53 サン・マロ

2009No.53 サン・マロ

✍懐かし・恥ずかし

一昨年の12月、初めてブログというものに「手を染めて」みた時、最初に書いた記事がモンサンミッシェルでした。読み返してみると「懐かし・恥ずかし」の記事なのですが、実はこのモンサンミッシェルに行った時、立ち寄った場所がサン・マロでした。当時は「世界遺産ブログ」でしたので、この地は記事に出来なかったのですが、ここはここで遺産になる派手な建築物はないけれど、観光地としては赴き深い場所です。私の記憶が確かならば(懐かしい)、この街までロンドンからフェリーかなんか出ていて実はロンドンの方がモンサンミッシェルに立ち寄るなら、この街経由がいいのではないでしょうか?

✍歴史

Wikipediaによれば、『サンマロは中世にはランス川河口の要塞化された島で、公海を統御していたが、現在のサンマロは6世紀初期に聖アーロンと聖ブレンダンによって設立された修道士居住地にその起源を遡り、地名はブレンダンの弟子聖マロに由来する』サン・マロはその名に反し、その後海賊の根拠となったそうで、そのせいか、『カナダの発見者ジャック・カルティエもサンマロから航海したし、フォークランド諸島の最初の入植者もここから出た』そうです。歴史的に見ると意味のある場所なのでしょう。

✍街は

普通です。ここは街というよりは遠浅に見える港が特徴的です。Photo 砂浜の中に要塞のようなものが見受けられます。こんな感じ。海の向こうはイギリスです。街の中は全体的に昔の街並みが漂っていますが主だった建造物はこのサンヴァンセント教会ですかねぇ。Photo_2 なぁんにも目立つものはないけれど、歩いているとなんか癒される、そんな街ですよ。モンサンミッシェル迄来るようなら御立ち寄りくださいませ。

2009年No.52 無駄話・こぼれ話6

2009No.52 無駄話・こぼれ話

6

✍悩んで

海外にいると、日本で生活する以上に、「お呼ばれ」があります。また「お呼び」する事もあります。これは僕が家庭教師のフランス人女性を自宅にお招きした時の事です。ここは食の国、たかが会食でも、奥様はとっても気を遣うのです。フランス人にフランス料理を出すのも挑戦的すぎるし、でも日本料理が好きかどうか分からないし・・・。と悩みに悩んだ挙句色々と食材を買出して、いざ準備をしはじめようかという、確か前日の話。

✍そんなぁ

その先生から電話。「明日は宜しくお願いしますね。楽しみにしています。で、言い忘れたんですけど、私いまベジタリアンなんです」・・・っておい、(なんで?)「あ、別に、只お肉って別に必要ないなぁって思って」(あ、いやそうじゃなくて、何で今頃そんな事いってくるねん)

電話を切った後のしばしの沈黙。「この食材でお肉なしで何作ればいいのぉ」・・・「仕方ないよね。きっと日本食なら何でも新鮮だよ。(汗)」何を作ったか覚えていませんが、思いっきり日本の、思いっきり普通の家庭料理。野菜の煮っ転がしとか・・・。煮物とか・・・。

✍汗

ピンポン♪。先生が来ました。「Bienvenue(どうぞ)、あっ!」先生と一緒に入ってきたのは・・中年日本人男性。「友達、連れてきました」・・「友達。しかも日本人、聞いていない、聞いていないぞ!!」日本人が見たら如何にありきたりの日本食か一目でバレるし・・・お客様もてなす料理じゃないし。一応話を弾ませながら、そしてそのお友達も、美味しそうに(なフリして)箸をすすめてくれていましたが、こちらは恥ずかしくて、汗が吹き出る思い・・・と後日家内が振り返っていました。

✍ベジタリアンに気をつけて

この記事をお読みの「欧州でお客さんを招く事がありそうな日本人の皆様」、念の為に、「お肉お魚大丈夫ですよね?」と婉曲にでも聞いておくことをお勧めします。いやぁ、あれは参りました。あの光景、今でも鮮明に眼によみがえります。皆さん、そんな経験ないですか?教えてくださいな。

2009年10月 4日 (日)

2009年No.51 世界遺産No.57デルフォイとポセイドン神殿

2009No.51 世界遺産No.57デルフォイとポセイドン神殿

✍混入

時々、アルバム紛失で写真がない世界遺産を「混入」させます。今日はギリシャ。第20回目でパルテノン神殿を記事にしましたが、僕らが訪ねたギリシャの遺跡の中で、今回のデルフォイ、それからオリンピックの起源である「オリンピア」は堂々たる世界遺産なのです。

デルフォイは世界の中心と信じられ、「世界の臍(へそ)」と言われます。御馴染みWikipediaでは、「デルフォイはパルナッソス山の麓にあった古代ギリシャのポリスである。デルフォイの遺跡はアポロン神殿を中心とする神域と、都市遺構からなり、各都市の財産庫も築かれていた。」そうです。世界の臍!って何と物理的に実在するのです。隣接する美樹館に展示されているのですが、人間の肩ぐらい(だったかな?)の茶色の壷のようなものが飾られていて、それが「世界の臍」だそうです。無論撮影禁止なのでもとより写真はありませんが、高台の澄み切った空気の中、なる程ここは聖域という場所でした。以下WikipediaURL参照してください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%9D%E3%82%A4

✍ポセイドン神殿

写真がないのは不本意ですので、オマケの記事です。それはペロポネソス半島の突端にあるスニオン岬に建てられたこの神殿。見下ろすとエメラルド色のエーゲ海。(水は緑色です。青を超えた透明度でした)こんな感じ。Photo_5

この半島の本当の端っこに何故かこの神殿は建っています。Wikipediaによれば、この建物はイオニア様式の建物でパルテノン神殿の様式を踏襲して建てられたそうですが、何故こんな場所に建てられたかの説明は見つかりませんでした。でも当時船から見上げられるこの場所に厳かに聳えるこの神殿を見て、漁師や、船人は、神のご加護を感じながら船路を急いだのでしょうか?なんて、思いで、なんとなくボーとこの柱だけの神殿を見つめていたのを覚えています。Photo_6

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