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2009年11月 7日 (土)

2009年No.59 ボン

2009No.59 ボン

✍世紀の2ショット?

かなり地味ですが、とても意味のある街をご紹介します。西ドイツの首都「ボン」です。ケルン大聖堂を見にケルンを訪ね、そして足を伸ばしてボンに来ました。首都というのに緑の多い、なんかとっても小さい街でしたね。首都というよりは大学街って感じで。何でボンに?あ、いや、ちょっと前に「モーツァルトの家」を訪れたので、音楽家づいた我が家は勢い余って「ベートーベンの家」にも来たわけで。各々オリジナルの楽譜が展示されていたのですが、精緻にキチッと書かれていたモーツァルトの楽譜に反し、ベートーベンの楽譜は、「運命」さながらの書きなぐった凄い♪でした。そのベートーベンの家は思わぬほどピンク色で色鮮やかな家でした。Photo_3 こんな感じ。同じ街の郵便局の前にはベートーベンの銅像がありますPhoto_4 。因みにWikipediaによれば、

17701217日ごろボンで生まれた。一家は宮廷歌手であり、祖父の支援により生計を立てていた。1787年(てことはフランス革命の2年前?)彼はモーツァルトに才能を認められるが、母を亡くしアルコール依存症の父を支えていた。後日、1792年ボンに来たハイドンに再び才能を認められウィーンに移住した。」との事で、ボンはそんなドラマのあった街なんですね。

✍オマケ

あまりに記事が少ないので、オマケです。先般話題になった「塔」の話。Yummyさんのコメントにあった「コロンブスの塔」の映像を載せておきます。この頂上に登れますが、とっても狭く閉所恐怖症の人には耐えられないでしょうね。コロンブスは今も遠くを指差しています。Photo_5

ここに実現していたベートーベンとコロンブスの世紀のコラボ、2ショットです。

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コロンブスの塔ですが・・・
私は高い所も狭い所も普段は平気なんですが
ここに登った時は一緒に登った友人が
(塔の形を考えて)倒れそう、倒れそう!と怖がるので
それが伝染してしまい(普通ありえないだろうに)
倒れるんじゃないか、と異常に怖かったんですよね。。

Yummy-san

 まぁ確かに狭いですしね。エレベーターも極度にせまいし。そういえば、エッフェル塔に日本からの出張者を案内した時、エレベーターが展望台に到着し、降りた場所からその出張者が全く動こうとしないので、聞いたら「私高所恐怖症なんです」って。

「登る前に言わんかぃpout!」 彼女らには、あんな高い場所にいる事自体ありえないことなのでしょうね。ずーと壁に張り付いていましたね。

ちなみに僕は「多数恐怖症」とでもいいましょうか?
数の多いものがダメです。

・横浜駅の人の多さ(人間)、山のように積もった小銭(金)、積みあがった請求書の山を見てると気分悪くなりそう・・・

こノオリジンはどうも、子供の頃、庭の飛び石を動かした時、その石の下に信じられない程の数でうごめいていた「蟻」を見て腰を抜かした時以来ではないかと。。今でも同じものが一杯あるのは苦手ですねぇ。

くだらないこときいてすみません。ベートーベンの像はボンの郵便局の前にあって、コロンブスの像はバルセロナの怖~い塔の上にたってるんですよね~?一瞬本当に並んでたってるのかと思っちゃった馬鹿な私です。(笑)

おっと、Chingorin-san
そ、その通りです。ボンにあるベートーベンの銅像の上にコロンブスが乗っかったりしていません。(それではおんぶお化けですbleah

ボンの郵便局の前にはベートーベン、バルセロナの港にはコロンブスの塔が、今の所、お引越しすることも、夜な夜な夢遊病者のように歩き出すこともなく、固定して飾られております。

それがブログの上だと、コラボしてしまうのが、楽しいなぁっとおもった次第でして・・・。

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