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2009年11月

2009年11月28日 (土)

2009年No63 世界遺産No.59 アビニオン〔フランス〕

2009No63 世界遺産No.59 アビニオン〔フランス〕

✍断念

家の庭の物置を訳あって解体しました。その中に「行方不明のアルバムが眠っているのでは」と思っていたのですが、結局なし。なので諦めて、写真のない世界遺産を紹介してゆきます。

今日はフランスを思い切り南下してアビニオンをご紹介します。アビニオンといえば世界史が得意だった方なら、「アビニオン捕囚」という単語が浮かぶ・・・かな?

✍アビニオン捕囚

アビニオン捕囚とは、1305年、教皇に選出されたボルドー大司教がくれメンス5世としてリヨンで即位した。フランス人教皇誕生の背景にはフランス王フィリップ4世の強い影響力があった。アナーニ事件などで教皇を威嚇していたフランス王フィリップ4世の意志を受けたくれメンス5世はローマに戻らず、枢機教団と共にアヴィニオンに滞在して、ここの教皇庁の移転を宣言した。これがいわゆる「アヴィニョン捕囚」である。

✍でも

僕が印象的だったのは寧ろ橋。「童謡「アヴィニョンの橋の上で」で知られる(知らない?)サン・ベネゼ橋(Pont St. Bénézet)も有名。橋の上で輪になって踊ろうと歌われているが、実際は踊れるほど安全な橋ではない。・・・ローヌ川の度重なる氾濫により何度も橋が崩壊、そのたびに修復を強いられ財政を圧迫した。17世紀には遂に修復を断念。22ある橋脚のうち4つのみ残っている。(Wikiより)」写真はこのリンクで見てください。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:SaintBenezet.jpg。何故か橋の真ん中にサン・ベネゼ礼拝堂が建っています。多分川の氾濫で命を落とした方々のために建てられたのでしょうが、ここまでで橋はピタッと止まってしまっているのです。

なので今は観光地としての意味しかありませんが、こんな使用できない「橋」が世界遺産になっているのも面白いです。

✍さぁ童心に戻って・・

なんでこれが印象的だったかというと、多分フランス童謡で、覚えているのはこれだけではないかというほど頭にメロディ迄残っている歌があるのです。ちょっと調べてみました。皆さんで口づさんで見てください。ハイ、3、2・・

歌詞・日本語訳(意訳)

Sur le pont d'Avignon,
L'on y danse, l'on y danse,
Sur le pont d'Avignon
L'on y danse tout en rond.

アヴィニヨンの橋の上で 踊ろう 踊ろう
アヴィニヨンの橋の上で 踊ろう 輪になって

Les beaux messieurs font comme ca
Et puis encore comme ca.

立派な紳士はこうやって踊る
もっとこんな風にも踊るかも

Les belles dames font comme ca
Et puis encore comme ca.

綺麗な女性はこうやって踊る
もっとこんな風にも踊るかも

Les officiers font comme ca
Et puis encore comme ca.

将校さんはこうやって踊る
もっとこんな風にも踊るかも

Les bebes font comme ca
Et puis encore comme ca.

赤ん坊はこうやって踊る
もっとこんな風にも踊るかも

2009年11月17日 (火)

2009年NO.62 EVIAN

2009

NO.62 EVIAN

Do you know Evian?

エビアン、ヴォルビック、ビッテル・・・と言ったら?そうミネラルですね。そこでクイズ。エビアンは何処にあるでしょう?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・正解は、限りなくスイスに近いフランスです。レマン湖に面した本当に小さな街です。エビアンのボトルのラベル・デザインを思い浮かべられますか? 三角形の雪山が3つ並んでいるデザインなのですが、エビアンに行ったら本当に雪を被った三角山が3つ綺麗にならんでいて、「まさに、まんま、納得!!」でした。

✍愛媛では

「蛇口を捻るとポンジュースが出てくる街がある」とテレビクイズで見ましたが、エビアンでは、蛇口から延々とミネラル・ウォーターが出続けている水道があります。ここです。街の人が空のペットボトルやらバケツやらを持ってきて「只のエビアン」を汲んで帰ろうと行列しています。Photo

僕らも車につんだペットボトルを全て濯いで、精一杯只のミネラルを汲んで帰りましたね。ま、ぁ、全部満杯にしてもたかがしれているのですが・・・Photo_2

✍街は

普通の閑静な街ですね。でも湖は素晴らしいです。湖の対岸はスイス。空気が物凄く澄んでいて「空気が美味しい」っていう感じでした。Photo_3

2009年11月14日 (土)

2009年No.61 無駄話・こぼれ話9

2009No.61 無駄話・こぼれ話

9

✍でも

過去「イギリス食事情」で、イギリス人の食生活を色々書いてきましたが、時々コメントくれるYUMMYさんのブログ「日常的にロンドン(リンク貼ってます)」なんかを見てみると、ロンドンでも美味しいお店一杯ありそうですね。ひょっとして僕の食わず嫌いだった?でも、中々子連れで高級レストランに行けないお国事情もあり・・・要するに、人生の何処の段階をロンドンで過ごしたかなんでしょうかね?

✍研究

そういえばあの頃、イギリスに暮らしていて、「イギリスのどこが良いとこなんだろう?(過去に暮らしたフランスと比べて)」なんて友達と話した事があります。ちょっと思い出したので、無駄話します。で、 色々話した結果、①人が親切。②運転が安心 ③大物ミュージシャンが来る ④Debit_Cardが使える。なんていうバラバラなエリアでのバラバラな結論がでました。

✍個別検証

    人が親切・・・まぁ、「言葉が通じやすいかどうか」というのはあるでしょうか、フランス人に比べ、接しやすいです。フランス人も懐に飛び込んでしまえば実に表裏のない人たちが多く愛すべき人たちですが、第一印象はイギリスかな。家内も友達のご主人(フランス人)の家にお呼ばれしたとき「フランスで暮らすならフランス語もっとうまくならなきゃ」と言われ凹んでいたこともありましたね。イギリスは流石「紳士の国」です。

    運転が安心・・・これは共感を得やすいのでは?フランスの運転は凄まじいです。凱旋門の周りを走っていて外から突っ込んでくる車を避けて内側にハンドル切っていたら、一番内側の車線に追いやられてしまい出れなくなって、凱旋門に乗り上げて、カフェから電話で友達に助けを求めた日本人の話はつとに有名ですが、それに比べると島国のイギリスの運転は、それなりに礼儀正しくシンパシーを感じます。もっとも、たらたら走るとそれなりに冷たくされたそうで、そこのところはど~なんでしょうねぇ?

    大物ミュージシャンが来る。・・・これは生活実感です。我が家が通ったコンサートだけ集めてみても、a.エルトンジョン,b.ポール・マッカートニィc.ババロッティ,d.ホセ・カレラス(テノール),e.ローリング・ストーンズ,f.ビージーズと分野はバラバラですが、キラ星のようなアーティストが並びます。チケットも比較的安価で、且つ、簡単に入手できます。ポール・マッカートニィなど、我が家から近いEarls-Courtの左程大きくない会場でのコンサートでしたが、会場のメンバーが総立ちになってポールと一緒に「ヘイ・ジュード」を歌った時は、背筋が寒くなる感動を覚え、思わず涙しました。

    Debit-Card・・都度口座引き落としカードの事です。Switchという当時は最先端?のカードでした。今は、月締めで口座引き落としなので、毎月引き落とし日にドサッと落とされて毎回「反省猿」状態ですが、その意味でも当時、都度引き落としのDebit-Cardがありがたかったですねぇ。あ、いや、本当に無駄話でした。

皆さんの「イギリスのいいとこTop4」を是非聞かせてくださいな。

2009年11月12日 (木)

2009年 No.60 世界遺産No.58 アミアンの大聖堂

2009 No.60 世界遺産No.58 アミアンの大聖堂

✍今度は

大丈夫です。確認しました。アミアン・・・あまり聞いた事ない街ですか?パリから100Km北の町です。この街を語る前に、この時の旅を語りたいな。あの3000Kmの旅を。当時僕らはロンドンに居ました。嘗てロンドンで息子の同窓生だった当時ドイツ在住の家族とロアール旅行を計画しました。どうせロンドンからフランスに行くなら、ちょっと長めの旅行しようぜ。と考えたのです。

✍で

ロンドン⇒パリ⇒ストラスブルグ⇒バーデン・バーデン(ドイツ)⇒ロアール・・で⇒アミアン⇒ロンドンという確か9日間の大旅行をしました。ロンドンからユーロトンネルで対岸のフランス・カレーへ。車を運ぶトレーラーってご存知ですか?あれの電車版みたいな電車に車を積んで対岸へ。所要時間25分。急に右車線に入れ替わった道路を恐る恐る走り、5年生活した懐かしいパリへ。それからドイツとの国境近くのストラスブルグのクリスマスマーケットへ。そこから憧れのドイツ温泉バーデンバーデンへ。国境といっても家の傍のそこらの川みたいな狭い川にかかった細~い橋を渡るとそこはドイツ。ポストの色も街の表示も全て突然変わります。不思議ですね。東京-神奈川の境の多摩川の1/10ぐらいの橋渡ると国が変わっちゃうんです。バーデン・バーデンはドイツではちっとは知れた温泉です。ドイツには裸ではいる風呂もありますが、僕らが行った温泉は水着来て入る風呂。なので只の温水プールでしたね。プールでもあるまいし、なんで風呂場で息子の両手持ってバタ足させなければいけないの?

✍まだまだ

それからパリで友達と合流し、ロアールへ。ここでイブに宿泊したホテルは嘗てご紹介しました。そこから北上して一路、ロンドンへ。で立ち寄ったのがこのアミアンです。Photo_3 この大聖堂はWikipediaによれば、「アミアンのノートルダム大聖堂(仏語 Cathédrale Notre-Dame d'Amiens)、略してアミアン大聖堂は、完全なものとしてはフランスで最も高い大聖堂。 その室内空間もフランスで最も大きく、約 200,000 立方メートルに及ぶ。世界遺産フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の一部としても登録されている(ID868-062) 」そうです。その壮大な大聖堂を表現する写真が見つかりませんでしたが、聖堂はこんな感じで、ランスやルーアンの大聖堂に似た彫刻が細々刻まれています。Photo_4

2009年11月 9日 (月)

お詫びと訂正2

いやー失礼しました。

今回、第58日でブールジュを特集しましたが、よくよく調べてみたら、「旅行第四十四日目」に「ブールジュ」を紹介していました。

従って、あの回はタイトルをRoc-Amadour(ロカマドール)の御紹介に変えさせて頂きます。内容は・・・そのままにしておきます。後半が「メイン」前半の紹介は「前菜」という事で・・・単に折角魂こめて書いた文章直すのが、残念なだけなのですが。

写真を確認してから掲載しようと思っていたわけですが、だいぶ前に痺れを切らせて、掲載してしまっていたようです。

ごめんなさい。以後気をつけます。

2009年11月 7日 (土)

2009年No.59 ボン

2009No.59 ボン

✍世紀の2ショット?

かなり地味ですが、とても意味のある街をご紹介します。西ドイツの首都「ボン」です。ケルン大聖堂を見にケルンを訪ね、そして足を伸ばしてボンに来ました。首都というのに緑の多い、なんかとっても小さい街でしたね。首都というよりは大学街って感じで。何でボンに?あ、いや、ちょっと前に「モーツァルトの家」を訪れたので、音楽家づいた我が家は勢い余って「ベートーベンの家」にも来たわけで。各々オリジナルの楽譜が展示されていたのですが、精緻にキチッと書かれていたモーツァルトの楽譜に反し、ベートーベンの楽譜は、「運命」さながらの書きなぐった凄い♪でした。そのベートーベンの家は思わぬほどピンク色で色鮮やかな家でした。Photo_3 こんな感じ。同じ街の郵便局の前にはベートーベンの銅像がありますPhoto_4 。因みにWikipediaによれば、

17701217日ごろボンで生まれた。一家は宮廷歌手であり、祖父の支援により生計を立てていた。1787年(てことはフランス革命の2年前?)彼はモーツァルトに才能を認められるが、母を亡くしアルコール依存症の父を支えていた。後日、1792年ボンに来たハイドンに再び才能を認められウィーンに移住した。」との事で、ボンはそんなドラマのあった街なんですね。

✍オマケ

あまりに記事が少ないので、オマケです。先般話題になった「塔」の話。Yummyさんのコメントにあった「コロンブスの塔」の映像を載せておきます。この頂上に登れますが、とっても狭く閉所恐怖症の人には耐えられないでしょうね。コロンブスは今も遠くを指差しています。Photo_5

ここに実現していたベートーベンとコロンブスの世紀のコラボ、2ショットです。

2009年11月 3日 (火)

2009年No,58 無駄話・こぼれ話8

2009No,58 無駄話・こぼれ話

8

✍旅行者の貴方

欧州旅行楽しいですよね。で、欧州経験者でテーブルを囲んで昔話に花を咲かせていたら出てきた「旅の被害」・・何と汎欧州で驚くほど共通の手がはやっているので、皆さんの楽しい旅行のために3つはやりの「だまし手」をご紹介しておきます。外務省の岡田大臣に売り込みたいものです。

Case1:近づく両替商に足をとめるな。(事例@スペイン、チェコ)

僕の知人のスペインでの体験。空港や駅を出て歩いてくると近づいてくるニコやかな人影。「Money Change?」・・「え、ちょっとレートだけ聞いてみる?」と立ち止まって話始めた途端、何故か現れる警官2名。「お前らここでなにやってるんだ?怪しいぞ、所持金を見せろ!」そのニコやかオジサンがしぶしぶポケットからお金を出すと、それがまたトンでもない額の汚いお金の束。財布にも入れずに裸で・・確かに怪しい!「お前なんでこんな一杯現金もってるんだ!。麻薬の売買ではないのか?」「それからお前、お前も所持金見せなさい!!」と凄まれた僕の同僚。仕方なく財布を渡し、警官が数え始める。その瞬間、もう一人の警官がニコやかオジサンに向って、「こら、まだ行くな!」と声をかけるので、皆がそのオジさんに注目。その後少しして、警官に「わかったもういい。気をつけろ!」と財布を返してもらって一安心!・・・・ところが後で財布を見るとドル紙幣がすっかり価値の低い現地の汚い札にすりかえられているではありませんか!!全員ぐるなのです。・・・こんな場合、「警察手帳を見せろ!」と言ってみても、偽者見せられても判別できないし・・・唯一の防衛手段は「立ち止まらない」事です。この話を聞いていたので、チェコの空港を出た時僕は助かったのですが、確かに空港を出た途端、「Money Change?」と何度もニコやかオジサンに迫られましたが、足早に逃げ去りました。

Case2:前の人がこけたら財布チェック(@スペイン)

それはデパートのエスカレーター。降り際に前のオジサンがコケたそうです。エスカレーターは自動で上がりますから、知り合いも当然そのオジサンに被さるようにコケますよね。その時、後ろから支えてくれる親切なスペイン人。「あ、グラッシャス」なんて答えて抱えあげてもらいその場を離れてデパートへ。買い物しようと思った途端、カバンの口があいているのに気がつくと既に財布がないのです。神業のようにその抱えてもらった数秒でカバンから財布を物色して抜き取ったのでしょうね。この信じられないような技ですが、もう一人の僕のフランス在住の知人がやはりスペインで同じ手で被害にあいました。国際電話が掛かってきて、被害状況を聞いたらこれとまったく同じパターン。気をつけましょう。

Case3:改札口も危険(@パリ)

これは僕が眼にした新手の技です。パリ改札口。全身すきだらけの日本人観光客(見れば僕でも識別できます)が改札を出てくる。その週間、改札から入ろうとするフランス人の手に持っているカーディガンが、改札のすれ違いざま、その観光客のハンドバッグに引っかかってしまい、お互い反対方向に向っているので、綱引き状態。途端、僕の隣にいる在仏数十年の女性が、「あ、」と叫ぶや否やそこへ駆けつけていって、「ちょっとあんだ、なにしてるの!」と流暢なフランス語で恫喝してカーディガンをバッグから剥がすと、なんと既にバッグの口が既に開けられていて、今にも財布が取られそうな状態に!慌てて逃げようとするフランス人。その女性からカーディガンを取り替えそうとする僕の知り合い。結局カーディガンはフランス人スリの所有物だったので解放し、犯行は未遂に終わりました。犯人も結局逃げましたが。

まさに油断も隙もありゃしない・・・状態です。楽しい旅のために・・・みなさん気をつけて!!。

御覧の皆さん、皆さんの「ドッキリ体験」もあったら是非教えてください。ブログ仲間でシェアーしませんか?

2009年11月 1日 (日)

2009年No.57 ロカマドール(Roc-Amadour)

2009No.57 世界遺産No.58ブールジュの大聖堂

✍例外

僕は旅を2回楽しみます。1回目は旅そのもの。2回目は旅の写真をプリントし、レトロにアルバムを買ってきて、写真はもちろん、乗ったケーブルカーのチケットとか、入場券とかまで貼ってその日は終了。そして更に翌日・・会社から帰ってその写真毎に横に小さな紙に書いたコメントを貼ってゆくのです。名前とか、印象とか・・なのにこの日だけ、例外なのです。延々と貼られている教会の写真、でもな~んのコメントもないのでそれがどこの教会か断言できないのです。でもこの街有名な教会一個しかないし、Wikipediaとか色々調べた結果、結論します。これは・・・サン=テチエンヌ大聖堂ですPhoto

何が起こったのか?聖堂の全体写真がないのです。想像される状況はこれ。「吸い込まれるように教会の傍までいってしまい、大きすぎて全景がとれず、仕方なく先ずは部分写真をとる。で、帰るときに全景写真をとればいいとおもっていたが、帰る時は満ちたりてしまって全景写真を撮り忘れ」・・・たぶんそんなところです。で一応、サン=テチェンヌ大聖堂については以下の説明を転記しておきますね。いつものようにWikipediaです。ブールジュサン=テチエンヌ大聖堂は、主に12世紀末から13世紀末にかけて建造された司教座聖堂である。これは、フランスにおけるゴシック美術の傑作のひとつであり、その設計、ティンパヌム、彫刻、ステンドグラスはいずれも特筆すべきものである。その規模とコンセプトの統一性が織りなす美しさは中世フランスにおけるキリスト教の強大さを示してくれる。その先駆的なスタイルはゴシック建築の中でも例外的な存在である。長い間正当に評価されてきたとはいえないが、この大聖堂は、ランス大聖堂シャルトル大聖堂ノートルダム・ド・パリなどにもひけをとるものではない。1992年に「ブールジュ大聖堂」の名で、ユネスコ世界遺産に登録された。

✍でも

僕は寧、この旅で印象を受けたここを皆様にご紹介したいです。その名はRoc-Amadour(ロカマドール)何故か大量に取ったここの写真を貼ったアルバムが紛失しているので、写真を掲載できないのです。先ずはこのサイトにいって写真を見てくださいませ。http://en.wikipedia.org/wiki/Rocamadour。写真がないのでパンフレットを貼っておきますが、こういう構造になってます。丘から谷への極端な落差。この絶壁が3層構造になっていて、一番上がお城、二段目が教会、一番下が街。街といっても、土産物屋ですが。地面を掘ったエレベータとかで降りられるのですが・・・。Brochure_de_rocamadour 3階層の街。夕日に照られれたりすると、なんとも幻想的で、いやぁ不思議な空間でした。フランス中部ブールジュに行ったらロカマドールも是非訪ねてみてください。

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