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2010年4月18日 (日)

2010年No.13 世界遺産No.62 ナンシーのスタニスラス広場

2010No.13 世界遺産No.62 ナンシーのスタニスラス広場

ここも遠い忘却の彼方の記憶、一度目のフランス滞在(’90年~95年)の訪問でした。この時期は少し欧州生活にも余裕が出来てきて、そうなると観光地の宝箱のようなフランスでじっと暮らしている事に耐えられず、3連休だと毎回どこかに旅行していましたね。

まるで悪の組織にドクロストーン収集を使命付けられたドロンジョ様のように、あるいはドラゴンボール収集を使命とした孫悟空のように。はたまた変わったポケモンを幹部に届ける為、盗みを試みてはピカチュウの百万ボルトを浴びてはすっ飛んでいったロケット団のように(あれ、ご存知ない、これは失礼)。

この旅は、その中の一環でいったのです。このナンシーの旅。確か、どこかドイツに行った帰りに一日だけ立ち寄った記憶があるのですが、思い出せません。これほど何も覚えていないのも珍しいのですが。で、覚えているのはこの金キラキンの門だけですね、今となっては。これは「ネプツヌスの噴水」とよばれていてロココ様式の作品だそうです。この旅行も感激してパチパチ写真を撮ったのを覚えているのですが、遂にアルバムが見当たらず、仕方が無いのでWikipediaのリンクを載せます。ここでお見せしたいのはこの広場の入り口のこの噴水のある門扉です。:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Nancy-place-stanislas-sued.jpg

広場の説明は以下です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%B9%E5%BA%83%E5%A0%B4%E3%80%81%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%BA%83%E5%A0%B4%E3%80%81%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B9%E5%BA%83%E5%A0%B4

ここには、以下のような事が書いてあります。

スタニスラス広場 [編集]

この広場は、フランス王ルイ15の義父に当たるロレーヌ公スタニスラスが、国王を称えてつくらせたものである。1751年から1755年にかけて工事が行われ、国王広場 (Place Royale) と名付けられた。106m×124mのこの広場を実際に設計したのはエマニュエル・エレである。広場は市庁舎、凱旋門、ナンシー美術館などに囲まれているが、6箇所にロココ様式の美しい金属細工で彩られた鉄柵がある。これは金具師ジャン・ラムールが手がけたものである。広場中央にあった国王の像はフランス革命期に壊されたが、1831年になってムルト県ヴォージュ県ムーズ県の寄付を元にスタニスラスの像が設置された。スタニスラス広場と改称されたのはこの年のことである。

お伝え出来る世界遺産もあと数箇所となってきました。在庫一斉大処分の様相を呈してきましたが、今しばらくお付き合いください。

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