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2010年7月

2010年7月29日 (木)

2010年No.25 割込No2.世界遺産No.63 ロンドン塔

2010No.25 割込No2.世界遺産No.63 ロンドン塔

✍無計画

もっと計画的にやっていればドラマチックに飾れたのでしょうが、今回が記念すべき200個目の記事になります。でもまぁ久しぶりに世界遺産を掲載出来るのでよしとしましょう。

ロンドン塔は建物だけの写真がなく、掲載をお預けしていたのですが、この日やっと出張の合間の休暇にロンドン塔まで来たのですが、無計画に写真を撮り続けたので、バッテリー切れ。漸く1枚とったのがこの写真です。なんだか良く分からないでしょ。でもこれロンドン塔です。2010__132_2

Wikipedia

Wikipediaによれば

1066イングランドを征服したウィリアム11078にロンドンを外敵から守るために堅固な要塞の建設を命じ、本体は約20年で完成した。その後、リチャード1が城壁の周囲の濠の建設を始め、ヘンリー3が完成した。長い歴史の間に国王が居住する宮殿として1625年まで使われ、その間、1419世紀にかけては、造幣所、天文台でもあり、1640年までは銀行、13世紀から1834年までは、王立動物園でもあった。なお、ロンドン塔に最後に居住した王はジェームズ1とされる。また、身分の高い政治犯を幽閉、処刑する監獄としても使用されたはじめたのは1282年のことで、やがて14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する処刑場となった。

でここには今世界最大のダイヤが保管されているそうです。でも何かこれ見た記憶がないのです、なんでだろう。

✍でも

ここに来るとロンドン塔よりも隣に位置するタワーブリッジが気になってしまうのであまりロンドン塔の思い出はありません。ここに来るとパリ支店の同僚にばったりあったこととか、タワーブリッジが船を通す為に上がっていったのでどんな大きな船が通るかと思いきや、橋上げなくてよかったんじゃね~の?っていう小さな船が通っていったとか・・そんな事した覚えていません。それぐらいここは世界遺産としては外見はかなり地味です。でも地味な世界遺産は無数に見てきたので、別に驚きませんが。

✍監獄?

それにしても、元「監獄」「処刑場」が世界遺産というのも面白いかも。「監獄」といえば、パリの「コンシェルジェリー」も、マリーアントワネットが処刑される迄閉じ込められていたというので、帰国直前迄立ち寄らなかったですね。何かこう「閉じ込められる系」の場所って苦手です。息が詰まる感じで・・・。

2010年7月18日 (日)

2010年No.24割込No1.Cambridge

2010No.24割込

No1.Cambridge

✍出張

久しぶりに出張で欧州にゆきましたので、2700㌔の旅はお休みして2回ほど割り込み記事を書きます。イギリス滞在6年、結構色々訪問しましたが、子供が小さかった事もあって機動性がわるく、訪ねられなかった著名な場所がいくつかあります。例えば、ネス湖・St.Michael’s Mount(イギリス版モンサンミッシェル)・ハドリアヌス帝の長城(イギリス版万里の長城)・アイルランド等など。それに加えて残念だったのがこのCambridgeOxford3回は行ったのに、この電車で40分のこの地は足を踏み入れた事なく、後悔の残る町。この大学の出身者とは少なく見積もっても4人とは仕事したことあるのに。で、今回、出張で訪問した機会に、このブログでコメントをくれるChingorin-sanのお誘いで初めて足を踏み入れました。感動!(涙)Cambridge

GAP

ただ、どうも違和感あるんですよね。東京大学も早稲田大学も、あちこちにキャンパスはあるけど大学としては一個。ところがイギリスの大学は、例えばケンブリッジも「XXXカレッジ」とか称して色んな大学が集まってその集合体がケンブリッジ大学となっているようでして、例えばかのアイザックニュートンが出たトリニティカレッジなど、ここにも31のカレッジがあるそうで。構成はよくわかりませんが、ともかくこのトリニティカレッジにはニュートンの銅像もシンボルとして植えられたリンゴの木もありました。Photo_2 Photo_3

✍それより

その構成よりもなによりも嘗てから僕が気になっていたのが、この優雅なボートでの「ケンブリッジクルーズ」。街の中を流れる浅くて狭い川を、ムキムキマッスルの若いイケメンお兄さん(例外あり)が物干し竿のような長い棒を巧みに操ってクルーズしてくれるのです。こんな感じ。Photo_4

この日は同行してくれた「スーパー晴れ女様」の功徳で物凄い晴天と照りつける太陽(これがイギリス?って感じの)の中、優雅に一時間弱の旅を堪能しました。観光シーズン到来で、この川もボートのラッシュアワー。あちらこちらでちっちゃな衝突があり、僕らの傍の橋の反対側では、「ドボン」と水しぶきがあがったのでおそらく誰か落ちたのでしょう。観光客で船を借り切って自分で船頭やっている危なっかしい方々もいたので・・。この町に入ると「イケメン客引き」が勧めてくれるので、素直に従ってこの「ムキムキイケメン遊覧」は試してみてください。

✍トリニティカレッジ

ニュートンが卒業したカレッジはやはり必見。重厚な外観の入り口を入ると著名な卒業生の彫像が飾れられています。僕の狭い知識の為、知っている人は2人だけでしたが。でもやっぱり歴史を感じる学校でした。凄い!

✍今日も

高いところ好きの僕は大体高いところに登ります。「なんとかと煙りは・・・」と言われてもいいのです。眺めは素晴らしかったですよ。お決まりの高い所訪問を終え、息子が少しでも利口になればと祈りつつ8£のケンブリッジT-Shirtを買って悦にいる僕を飲み込んで、今日もケンブリッジはバイトの学生と無数の観光客でごったがえしながら、21世紀後半のノーベル賞候補?を育み、成長させておりました。

2010年7月 7日 (水)

2010年 No.23無駄話・こぼれ話20

2010 No.23無駄話・こぼれ話

20

✍ワールドカップ

いやいや日本頑張りましたね。欧州勢が活躍しました。決勝はオランダ?とスペイン?いやドイツ?・・・なんて話していたら4年前のワールドカップを思い出しましたので、ちょっと書かせてくださいな。

✍偶然の二乗

それは会社の同僚の一言。「ワールドカップ予選見に行きません?」「え、でもジダン引退しちゃったしな・でもまぁ行くか?券買っといて」これが始まり。偶然その1:ジダン突然の復帰宣言。「ジダンが戻ってきた」から生ジダンが見れるね。・・と気合が入る。

偶然その2:僕らの見る試合が決勝進出がかかった試合となった事。

スイスが勝った場合、この試合で相手のキプロスに5点差で勝たなければ決勝進出が難しい絶望的状況。この日、ジダンが兎に角凄かったのです。自由自在に駆け回り、シュートにアシストに・・・僕はジダンをみてサッカーの虜になったので、目の前であのジダンが動いている。走っている。夢心地でした。Photo でも、それでも5点差はきつい。後半残り10分で4-0.後一点が遠い。

そのまま終了かと思われたとき、前の席のフランス人が突然吼えたのです。聞くと「スイスが引き分けた!」っと。つまりこの試合、勝てば決勝進出!なのです。途端に元気になる我々。

フランスのスタット・ド・フランスのフランス人は総立ち。終了のホイッスルと共にオーロラビジョンに映し出された「France Qualifiee(決勝進出)」の文字。どよめく観客。その中に紛れて僕も雄たけびをあげました。Photo_2

✍今年

フランスは早々に敗退。サルコジ大統領が喧嘩の仲裁で電話かけてきたとかで話題になりましたね。イギリスも負け。でも欧州びいきの僕としては欧州に優勝してほしいな。さぁ、今夜キックオフ!

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