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2010年9月

2010年9月18日 (土)

2010年No.35 写真で綴る欧州No.4(ギリシャ・デルフォィ)

2010No.35 写真で綴る欧州No.4(ギリシャ・デルフォィ)

✍待ちきれず・・・

2009104No.51世界遺産No.57で、デルフォィだけは載せてしまいました。

今回写真をお届けしたいです。

デルフォィは、当時世界の中心と信じられていたそうです。世界の中心かどうかは分かりませんが、山の峰の部分に神々しく君臨するこの地は、空気も神々しく、確かに特別な場所でした。

今回は台詞控えめで写真をお楽しみください。

Delphi1

Delphi4

Delphi3

只、世界の臍は見所ありました。何故こんなものを造ったのでしょうねぇ。

Deiphi2

2010年9月14日 (火)

2010年No34:世界遺産No.64 ギリシャ・オリンピア

Change the air

2700km

のフランス旅行にお付き合い戴きましたが、この後は過去にご紹介したポーとかフォア・グラで有名なリモージュと続くのですが、無名な街を続けてご紹介してきたので、ここで気分を変えて久しぶりの世界遺産ご紹介です。

✍忍耐の勝利

「いつか、きっといつか、必ず・・・」と耐え忍んできた甲斐あって、今日ギリシャの世界遺産を写真入りでご紹介できます。そう行方不明のアルバムからギリシャ写真がザックザック発掘されたので。(尤も我慢出来ずに一寸記事を書いてしまいましたが)

✍北島も、真央ちゃんも

ここから始まったのです。この小さい学校の校庭のような場所から。これです。3 この小さい場所で、ギリシャの小さい都市国家の融和と結束を高める為に開かれたのがオリンピックの原点だそうで・・・その精神は今でも引き継がれてますよね。

✍選手入場

「さぁ皆さん、紺碧の青い空の下、ギリシャ各都市国家選手団入場です。」といって旗手を先頭にして入場してきたかは知る由もありませんが、このアーチの下をくぐって選手が入ってきたのでしょうか?Photo この場に立ってみるとオリンポスの神々のようないでたちのムキムキマンの古代の選手が力を競っている映像が浮かび上がってくるようです。

ここに遺跡として残っている柱を見ると、ここに建物があり、この貴賓席でアテネのアクロポリスの王達が座してワインでも飲みながら応援をしたのでしょう。2 そんな光景を思い描きながらのオリンピア訪問でした。

2010年9月11日 (土)

2010年No33:2700㎞の旅 第8日;ルルド(神宿る街)

2010

No33:2700㎞の旅 第8;ルルド(神宿る街)

✍その名は

ベルナデット・スーピル。14歳の彼女の前に、聖母マリアが現れたのは1858年。マリアの名ずるまま洞窟近くのある場所を掘るとそこから泉が湧き出た。これがルルドの泉。疑いの目に晒されたスーピルですが、彼女に泉を掘るよう勧めた人(つまりは聖母マリア)の名を、彼女が知りうる筈のない罪の御宿りQUE SOY ERA IMMACULADA COUNCEPCIOU)という名を語ったことから、教会に奇跡を認められたとの事(Wikipediaより)。奇跡として教会に認められた事から、多くの方が訪れこの泉の水を飲み、そして実際に病気が治るという奇跡が起こり、この為、この地は「カトリック最大の聖地」となったのです。

✍マサビエルの洞窟

これは聖ベルナデットに捧げられたシュペリウール寺院の北側にあります。その寺院はこれ。2

この泉にはマリア様の像が飾られ、その傍らの泉から湧き出す奇跡の水を、この日も救いを求め訪ねてきた無数の信者さんが、マリア様の形をした水筒にを汲んでいました。観光気分で来ていたことを反省。Photo

✍全景

この傍らにある城塞、これです。Photo_2 この城塞から眺めた「神宿る街」全景はこんな感じです。Photo_3

中央に緑の広場のようなものが見えますが、実はこの下にも「ピオ10世寺院」と呼ばれる地下礼拝堂があります。この礼拝堂は体育館並みの広さで、ローマのあのサン・ピエトロ寺院に次ぐ世界2番目の大きさとの事(地球の歩き方より)。

凜と澄んだピレネーの空気に包まれた神々しい街でした。

2010年9月 7日 (火)

2010年No.32 写真で綴る欧州3(アビニオン)

2010No.32 写真で綴る欧州3(アビニオン)

✍世界遺産:20091128

アビニオンは20091128日に世界遺産として紹介させて頂いておりますので、写真のみのご紹介です。

✍教皇庁

Photo

当時のアルバムの写真の下のコメントがえらく「感動した」感じで書かれていますので、そのまま引用します。「法王のバビロン捕囚時代・・・世界史でやった時にここに来ていたらもっと実感を持って学べたであろうに・・・ここの見ものはこの教皇庁:但し中には何も無い。ここにも見られるフランス革命の陰:あの時にみんな破壊されてしまった。建物はベネディクト12世の建てた北半分の宮殿と、クレメント6世が建てた新宮殿からなる」との事。当時は、こうやってマメに一つずつコメントをつけています。

✍橋

前回記事にした有名な橋。上から見ると途中で途切れているのが良く分かります。橋そのものはこんな感じです。

Photo_2

3

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