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2011年9月19日 (月)

2011年No.19 Spain Madrid

2011No.19 Spain Madrid

✍まだ

ありました。Majorな観光地。SpainMadrid。 ご紹介するまでもない街ですので、ちっと思い出を披露。

✍意外と・・

危険だったんですね。この頃のスペイン、今はどうだか分かりませんが、旅行に行かれる方は「治安」は確認してください。

✍それはMadrid

・ツアーに参加しました。

ツアーバスガイドさん曰く、「いまからスペイン広場観光に出るのですが、貴重品は全てバスの中に置いていってください。ガイドブックとかは今から配る(中身が分かるような)透明のビニール袋に入れてください。あ、カメラは肩から下げていても大丈夫ですよ。」と。

つまりカメラのような高級品は興味なく、財布だけに興味がある訳??と思いながらガイドブックと水だけ入った透明の袋ぶら下げてちょっと緊張して観光したのでした。

Palacio Real

Wikipediaでは:マドリード王宮Palacio Real de Madrid)は、スペインマドリードにある宮殿。オリエンテ宮(Palacio de Oriente)とも呼ばれる、スペイン王の王宮である。実際にはフアン・カルロス1と王族は住んでおらず、彼らは郊外にあるマドリードより小さなサルスエラ宮殿に好んで暮らす。しかし、マドリード王宮は未だ国の行事に使用されている。という事で王様不在なのでちょっと興ざめとはいえ外観は壮観でした。

Madrid

寧ろ、その向かいの広場のほうが何となく印象的でした。その広場はWikipediaによれば、オリエンテ広場では:Plaza de Oriente)は、スペインマドリード中心部にある広場。スペイン王ホセ1世(フランス語名ジョゼフ・ボナパルト)が中世以来の住宅が立ち並んでいた場所を一掃させ、ナルシソ・パスクアル・イ・コロメルによって広場が完成した。マドリード王宮の東側にあることから、オリエンテ(東)広場と名づけられた。

Madrid_2

この広場で最も有名なのはフェリペ4世像で、これについては以下の記述がありました。「父フェリペ3の騎馬像(マヨール広場にある)より優れた自分の像が欲しいというフェリペ4世が望み、命令を受けたオリバーレス伯公爵ガスパール・デ・グスマンが具体的に騎馬像製作の指示を出した。1843年、イサベル2世の命令でオリエンテ広場に設置された。」

✍スペイン広場

マドリッドといえばここが観光案内では紹介されていますよね。重々しい塔の手前にあるのはドンキホーテ像ですね。Madrid_3

何かこの塔と後ろのビルディングが一体化した光景がなんか素敵です。

Madrid_4

✍おまけ

ツアーで行った「Madrid3本指に入るというお店」(Arrez-Mandaなんとか:何故何とかかというと写真では全体が見えず、記録もなく)で食べたパエリア料理は流石に美味かったです。

Madrid_5

こんなイケメンの兄さんがサーブしてくれました。

Madrid_6

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