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2012年3月

2012年3月25日 (日)

2012年No.7 世界遺産No.71Bern(ベルン:スイス)

2012No.7 世界遺産No.71Bern(ベルン:スイス)

✍遭遇:

昨日、家の近くの散髪屋に行きました。僕が世界遺産訪問大好きオヤジである事を知っているスタイリストさんが「世界遺産」関係の本を持ってきてくれました。何気なくパラパラと頁を捲っていて、ある頁で手が止まったのです。スイスのベルン旧市街・・・こ、ここって世界遺産だった訳?

「ある。絶対にある、ここ行った事!!!」・・・「あ、あったぁぁぁ!!!」で、今僕の右横には「発掘」された当時のアルバムがあります。Bern1

Zermattを訪ねた時にツアーで立ち寄った街がベルン。写真にはZeitglockenturm(12世紀からある時計塔です。」)とアルバムにはコメントがついています。かくしてベルンは僕の「71番目の世界遺産訪問地」とユネスコから認定されたのです。(ユネスコは嘘です)

Bern3

✍改めてWiki

Wikiによれば:『ベルンは1191年、ツェーリンゲン家のベルトルト5世によって作られた。当時は神聖ローマ帝国の一部であった。1218年にベルトルトが跡取りなしに亡くなった後は、神聖ローマ皇帝フレデリック2世によって、帝国自由都市となった。 1353年に、ベルンはスイス連邦に加盟した。幾度の征服を重ねて、領土を広げたが、フランス革命が起こると、1798年にフランス軍に占領され、ほとんどの領域を失った。 1848年にスイスの首都となった。 13世紀から自由都市となりさらに発展していった美しい旧市街は、1983年にユネスコの世界文化遺産に登録された。大聖堂や13世紀の城門につくられた時計塔、彫像が美しい泉(水飲み場)が点在する町並みを残す一方、スイス連邦の首都として便利な近代都市の機能も兼ね備えている。』

✍それでは:

まずは全景。Bern2
遠くからみたベルン市街地。遠くに聳える時計台。森に囲まれた綺麗な町ですね。街並みの色も茶色一色、緑とのコントラストが素晴らしい。

✍ベルンは:

実はレマン湖湖岸の町です。つまり、暫く経ってから訪れたEvianから見たレマン湖を反対側(スイス側)から眺めたのがこの景色です。染み入るような自然の美しさが忘れられません。

Bern4

2012年3月18日 (日)

2012年No.6:写真で綴るアジア旅行2-タイ(その2:キンキラキン特集2)

2012No.6:写真で綴るアジア旅行2-タイ(その2:キンキラキン特集2

✍:お約束の

キンキラキン特集を贈ります。・・・と言っても3回前のお約束で書いてる本人も忘れていたので、何の話?って感じでしょうかね。

✍:ところで、凄い拘り

実は、このブログ、もう4年続いていて書く内容も様々な変遷を遂げてきています。最初の頃は、フランス人Oui ou Nonというエッセイ風の記事で、フランス生活で感じたフランス人の良い所、嫌なところをご紹介したり(これ結構気に入っています、宜しかったら最初の頃の記事をお読みください)、フランスのレストラン紹介をしたり色々気まぐれにやってきましたが、4年間略一貫して守ってきたルールがあるのです。それは「2回旅行の記事を書いたら、一回違う生地を載せる」というもので、今回も3回前にこのタイの写真を紹介したので、その後、Como, Etretatとご紹介して、ここでまた「写真で綴るアジア旅行特集」に戻ってきたという次第です。

✍:で、バンコック

    ワット・プラケオ

現王朝のラーマI世が現在のチャオプラヤ川近辺に遷都し、作り上げた街がバンコックで、これがキンキラキン第一号。御覧の通り。

Photo_4

この黄金の仏塔はラーマ4世が建立。内部には仏舎利が納められている。この寺院の勇名なのはその中に収められているエメラルドの仏像です。これ、これです。(ちょっとブレてますが、フラッシュ禁止なのでご容赦を

Photo_5

    ワットーポー

ここの見所は大寝仏。長さ46m、高さ15mの大涅槃像は、このお寺のフロアーを略全部を占めており、よって遠くから写真をとるのが不可能。よってこんな感じです。圧迫感があってすみません。でも、その「お顔」は慈愛に満ちております。

2_2

    ウィハーン・プラ・モンコン・ボピット

高さ17mのプラ・モンコン・ボピットがこれ。

7

銅仏としてはタイ最大級といわれる。超ウルトラキンキラキンの仏像でした。また復原された本堂がとても綺麗です。1603年に別の場所から移設されたそうです。ん、1603年ってどこかで聞いたような。・・・・・・・・・・・そうでした江戸幕府が出来たのが1603年「イチローさん、花のお江戸で開幕す」のゴロで覚えているので間違えありません。

2012年3月11日 (日)

2012年No.5:エトルタ(Etrtat)

2012No.5:エトルタ(Etretat

✍アヴェルとアモン

これはエトルタの両側に聳える高さ100mにもなる断崖絶壁につけられた名前です。で、これはどこの話かというと、フランスの略真北のノルマンディの海辺。イギリスのSeven Sistersの白壁と英仏海峡を隔てて向かい合う形の断崖なのです。モネやブータンも描いたこの絶壁が有名ですが、ここは、かのあるセーヌ・ルパンの「奇巌城』の舞台となった場所だそうです。

✍なんて

能書きは兎も角、写真で全貌をお伝えしましょう。

   絶壁:御覧のようにスパッとナイフで切ったようなこの断崖。地殻変動かなんかで突然段差が出来たのでしょうね。Etretat1

 断面:断面は御覧の様にバームクーヘンの断面のよう。長い時間で作られた地層が綺麗なデザインを創っています。Etretat2

   奇巖:結果としてこんな「尖り岩」も誕生しています。

Etretat3

   ビーチ:少しレンズを引いてみるとこんな感じで絶壁の間に小さな、でも綺麗なビーチが広がっています。いいでしょ。

Etretat4

   まさかのゴルフ場:この断崖絶壁の上は、何と何とゴルフ場。ちょっと曲げたら全部チャポン。帰国してから6年全くコースに出ていない僕には絶対無理なコースですね。

Etretat5

   教会:絶壁の絵にある建物は、旧米兵収容の病院後だそうです。ノルマンディの建物の特徴は木枠で固められた木造の建物です。

Etretat6

   ホテル:僕らが泊まったホテルはこれ。

Etratat7 海を見下ろすシャトーホテルのようなホテルで、眺めは兎に角最高だった・・と思います。(14年前の事なので覚えてません) 当時のコメントでは「最高のロケーションのホテル・・・殿様気分を味わいました。何とかと煙は高いところに登りたがるので」と描いてあるので、きっと感動的なホテルだったのでしょう。

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